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「先ずは、杉本君からね!」
翔太と机に向かい合わせで座った女子は得意げに宣誓すると、手慣れた仕草でカードをシャッフルする。
途中に何度かカードを選ばされていた翔太は楽しそうに幾つかのカードを選び、そこを目標に分けられたカード達が上へ下へと動く光景に少しだけ感心した。
「杉本君の恋愛は……過去が『塔』、現在が『吊るされた男』、未来は『世界』……」
次々に捲られるカードに描かれた古めかしいイラストを翔太の後ろから眺める俺は、ボンヤリとそのややこしい解釈に耳を傾ける。
「この『塔』っていうのは正位置でも逆位置でも悪い意味なんだよねぇ……でも、これが過去にきてるってことは、『今まで自分が自信を持っていた事が崩れるぐらいの経験をした』って事……例えば、一目惚れとか?!」
カードの説明をしながら盛り上がる姦しい連中は、キャーキャーと黄色い声を上げて翔太に「どうなの?」と詰め寄ると、翔太は少し恥ずかしそうに俺を見てから「そう……だね」と照れ笑いを浮かべた。
「本当!……って事は、杉本君彼女いるの?!」
否定しない翔太に気を良くしたエセ占い師は興味津々とばかりに詰め寄るが、煮え切らない態度の翔太に苛ついた2人の間を俺が手で制す。
「翔太は俺の妹と付き合ってんの。くどいぞ、お前」
「えっ?そ、そうなの?!」
少し芝居じみたオーバーリアクションをしてみせた彼女は「杉本君みたいな人が一目惚れだなんて、松田君の妹さんは可愛いんだろうなぁ……」と呟いて、頬を緩ませる。
──可愛い……か。
焦茶色のサラサラと透き通るロングヘアを揺らし、猫のように愛らしくてどこか妖しい瞳を持つ艶っぽい乙女の姿を頭に浮かべた俺は、無愛想な俺の妹としては想像しにくいであろう義妹に想いを馳せた。
松田 哀──いや、旧姓・絋倉 哀は、高校生としてのさばらせておくには勿体無い美人で、所作の端々に品位が滲み出ている彼女はそこにいるだけで空気を浄化する月のような不思議な雰囲気がある。
6年前離婚して、4年前に再婚した母と再婚した男の連れ子であった哀と俺は、よく似た者同士で紛れもない義兄妹──だからきっと同じ人を好きになってしまった。
「修也セコム、ありがとな!」
向日葵みたいに笑う翔太と視線がぶつかった俺は、どうにも居心地が悪くて目を逸らす。
──駄目だ……駄目なんだよ……。
抑えきれない気持ちが思考の隅々を駆け巡る中、翔太の隣を歩く哀の後ろ姿を見るときのような苦々しい感情が鳥栖を巻いて押し寄せる。
「おう」
そう答えるのが精一杯で、俺はその後の言葉を紡ぐことを放棄した。これ以上言ってしまったら大事なものを壊してしまう──。
長々と続くタロットの説明が全く耳に届かなくなった俺は、カードに描かれた雷が落ちる塔から身を投げる男女を嘲笑っては、その姿を惨めな自分を重ねた。
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