Le Mat:愚者

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 翔太との出会いは小学5年の冬だった。  外商関係の仕事をしている父親の都合で夏休み明けに転校してきた彼は所謂「帰国子女」で、都会と田舎をハイブリッドした平凡な小学校の生徒達は、俺を含めて興味津々だった。  同学年でたまたま隣の席、部活も同じサッカー部、さらに名前のニュアンスが似てるとなれば打ち解けるのにそう時間は掛からない。 「お待ちどう!さっ、帰ろうぜ!」  いつも通りサッカー部が終わり、声を弾ませてやってきた翔太と並んで帰る俺は、日が短くなった空から太陽の光が消え去った景色をぼんやりと眺めていた。  まるで空に広がる帳が俺らだけの世界を作っているようで、その空間の中で彼と並んで歩いている事実に胸が高鳴る。 「さみぃーな」  口から真っ白な水蒸気を溢す翔太は寒さに鼻の頭を赤くして俺に振り返ると、何度も手を擦り合わせて暖を取ろうと必死になっていた。  寒がりで小動物みたいにちょこまかと動く彼の毛先が遊び、制服の詰襟に襟足の猫毛が踊る。 ──可愛い。  心の底から湧き出したこの言葉が俗に言う母性的な何かではなく、性的嗜好として自分がノーマルで無い事に気付いた瞬間から、俺の実らない初恋の相手は翔太だった。  友達として彼に寄り添っていればこの他愛もない感情を誤魔化し切れると信じて疑わなかった当時の俺は、「マフラー、貸そうか?」と自分の首に巻いていたマフラーを外した。 「あんがと」  世話焼き女房並みに彼を甘やかす俺は、結局10年近く経っても変わる事なく翔太の隣を陣取っている。 いや──正確には『友達』として、か。  複雑な心情のまま俺が顔を上げる頃には、占い狂の女子達が翔太を取り囲んで無邪気な子供のように戯れ合う。  その様子を見て頬を緩ませた俺は、自分とは全く違う人生を生きる彼らを眩しく見つめながら、邪気しかない自分と比べて深々と溜息を吐いた。
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