第四話 私を残していくあなたへ

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 * * *  ドレス選びも三日目を迎えた。  その日は授業がなかったため、午前中から『梟の目』に向かったが。 「……あの、本当にごめんなさい。フィオリエ、優柔不断というか、わがままで。私も何か言えたらいいんですけど」 「難しいことだからねぇ。大丈夫。五日間通い詰めた子もいるよ」  ドレス室には窓がないから、時計を見ない限り、一体いまが何時なのかわからない。私がトイレのために外に出ると、窓の外は橙色で、呆然と立ち尽くしてしまった。そこで店主に声をかけられたのである。  家族連れが店から出ていくのが見えた。ちりりん、と鳴って、笑顔の一行は去っていく。きっといい写真が撮れたのだろう。母親に手をひかれる幼い女の子は満面の笑みを浮かべていた。 「そりゃあみんなもだけど、特に『花憑き』だと、こだわりたいだろうからねぇ」  そう言う店主に、私は頭を下げて、ドレス室に戻っていった。  ドレス室では、てっきりフィオリエがまだドレスに悩んでいると思っていた。しかし。 「フィオリエ?」 「……さすがに疲れちゃった」  彼女は椅子に座って溜息を吐いていた。アシスタントさんの姿はない、先程、少しやることがあるからと、部屋を出ていったままなのだろう。  私はテーブルを挟んでフィオリエの正面に座った。少し悩んだ果てに、潮時だと自らに言い聞かせた。 「フィオリエ……もう、やめにしない?」  どのドレスでもないのだ。これだけのドレスがあるのに、彼女のためのドレスは一つもなかったのだ。  フィオリエは俯いたままだった。彼女ももう、諦めを覚え始めていたのだろう。  一口だけ飲んだらしい紅茶に、彼女の寂しそうな顔が映っていた。 「……私の運命のドレスはなかったってことね」  ゆっくりと顔を上げれば、紫色の蕾が天を目指して伸びる。 「運命の王子様もいないし……そもそも私、お姫様じゃないし……あはは、いい歳して……まだこういうこと言っちゃうし」  さすがに気の毒に思えてきたが、私はかけるべき言葉が見つけられず、俯いてしまった。  煌びやかなドレスが並ぶ部屋。私達は決しておしゃれとは言えない服を着て、ただの少女のまま、沈黙に浸っていた。  現実。ドレスの輝きが、心なしか褪せているように見えた。夢も幻想も、おとぎ話のようなロマンチックな世界も、ない。  あるのは花だけ。フィオリエの頭にある蕾。私の胸の中にある見えない花だけ。 「シリアン、ごめん、お願いしていい? 店主さんに、撮影やっぱりやめますって。私、いまちょっと立てないかも」  やがてフィオリエがらしくない声で頼んでくる。私は静かに立ち上がった。 「シリアン」  背に声をかけられる。 「なんか……ごめんね。見たかったでしょ、私のドレス姿。私も……見せたかったな」  私は何も返さなかった。  少し安心していた。彼女のドレス姿を見ることがなくて。  ……なかなかに、最低だと思う。  わがままなのはフィオリエじゃなくて、私なのかもしれない。  部屋を出て店主を探す。店主はカウンターにいて、私はおずおずと話を伝えた。 「本当にごめんなさい。こんなによくしてもらったのに……」 「いいや、気にすることないよ」  店主の笑顔に胸を締めつけられる。三日間も入り浸ってしまったのだ。しかもその間ずっとドレスを物色し続けて。と。 「……そういえば、アシスタントはそっちに?」 「いいえ、さっきいなかったみたいですけど」 「それじゃあ……いま、見せていないドレスを見せている頃だと思うよ?」 「――えっ?」  意味が分からなくて、私は目を丸くする。  見せていないドレス。ドレスはあそこにあるだけではなかったのか。  そもそもどうして最初から全て出さなかったのか。 「……相当悩んだ人にしか、出していないドレスがあってね」  私の心を見透かしたかのように店主は言う。視線をよそに投げ、苦笑いを浮かべていた。 「人によっては……気分を悪くしてしまうものだから」 「――シリアン! さっきのお願いは取り消し! 取り消しよっ!」  店の奥から、唐突にフィオリエの声が飛んでくる。  先程の様子からは考えられないほど、希望に満ちた声で、まるで魔法をかけられたお姫様のような喜びようだった。 「とってもいいドレス、持ってきてもらっちゃった! いい? あなたはそこにいて! 着付けてもらうから!」  見せていないドレスがあるからといっても、どうせ――一瞬だけ浮かんだ私の言葉は吹き飛ばされ、胸の中では期待と不安が渦巻いた。  一体どんな姿になるのか、という期待と。  ああ彼女がドレスを着てしまう、という不安で。
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