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* * *
「ミオはさ、あの時……あたしのこと、好きって言った?」
そこだけすっぽり抜けている。だからわかる。自分で投げ捨ててしまったのだと。
「それとも……嫌い、みたいなことを言った?」
どうしてなのかと考えればきっと。
――ミオは一人で行ってしまったから。
「もし好きだったのなら……あたしが先に行くのを止めないために、声をかけなかったの?」
あたしはミオを、裏切ったのかもしれない。
「もし嫌いだったのなら……だから、一人で行っちゃったの?」
あたしはミオを、絶望させてしまったのかもしれない。
「ミオ――あんたの気持ち、忘れちゃって、ごめんね……」
きっと、自分を守るために忘れた。あたしは身勝手だ。
それは、何回も繰り返した質問で、何回も繰り返した一人きりの会話。
本当は、あたしの時間も止まっているのかもしれない。
こち、こち、こち。
ところが手の中の懐中時計は、確かに時を刻んでいた。
あたしは大人になった。ミオがいなくなった後でも多少背が伸び、胸も膨らんで、どうしてか絶対にやらないと思っていたはずのメイドになっていて、今、ここにいる。
ああ、自由時間が終わっていた。メイド長に叱られる。
けれどもいいかと、あたしは時計をポケットにしまう。
そしてミオからの返事がないから、一人で喋り続けるしかなかった。
「どっちにしてもさ……一言、言って欲しかったんだ。もしかしたら、あたし、考えを変えたかもしれないじゃん?」
時折、夢を見る。ミオと一緒に空を飛ぶ夢だ。
あたし達の花は咲いていた。あたし達の背には青い翼があって、天使のように飛んでいた。
そんな未来も、あったかもしれない。
強い風が吹いた。髪が乱れて顔に張りつく。あたしは悪態つきながら髪を払って、しかしそこに見えたものに、微笑む。
「ミオ……あんたの言葉、忘れちゃったけど、これだけは忘れないからね」
――あたしは間違いなく、ミオのことが好きだった。
そして。
「ミオがあたしのことをどう思っていたかはさておき……あんたは花が好きだったこと」
風に、色とりどりの花弁が舞っていた。ゆっくりと地面に落ちるものの、再びの風に舞い上がって、街の外へと飛んでいく。
「――やっぱり、生きていて欲しかったな」
ミオはきっと、この光景を気に入ってくれただろうから。
「綺麗なんだよ『花風祭り』……花はもう、不吉なものじゃないからね」
『花憑き』は咲くことができなくなった。
――そうして世界は、ようやく花を愛するようになった。
花は死神の代名詞ではなくなった。「開花」に死の意味はなくなり、残されたのはその美しさ、可憐さだけだった。
もう誰も嫌わない、憎まない。花屋だって恐れられない。花をモチーフにしたものだって世界にはある。
そしてかつて「『花』の街」と呼ばれたノーヴェは、ただの「花の街」となった。至る所に花がある。大通り沿い、人の家、店や『機械仕掛けの竜』関連の建物にも。
「花で包まれたこの街は、本当に、本当に綺麗なんだ」
あたしは寄りかかるのをやめて、ミオの墓石の前に立つ。
人間、いくつになっても、泣きたい時は泣いてしまうものだと、今になって気付く。
「あんたにも見せたかった……………!」
声を押し殺して泣く間にも、時間は過ぎていく。時の流れは止まらない。
――だから、まだ生きているあたしは、もう行かなくてはいけなかった。
「……忘れないよ、大丈夫。これ以上は、絶対に」
どれだけ時間が進もうとも。どれだけ彼女との距離が開こうとも。
「また、来るから」
最後にあたしは、墓石の前にそっと二輪の花を置いた。
青い花。
美しく咲いて寄り添っている。かつてあたし達が持っていた花によく似ていた。
【第五話 終】
【Ophelia! 終】
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