ミャンファの長い長い旅

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ミャンファの長い長い旅

 ミャンファは猫である。ある時はナアラであり、またある時はアッシュであった。ジリィである時もあったし、ロンである時もあった。特に名前を持たない時もあった。  猫にとって名前というものは、あってもなくてもよいものである。猫同士が挨拶をするときには、鼻と鼻とをチョンとくっつけ、ちょっとした一声を交わし合うだけで事足りた。それでもミャンファはミャンファという名前が気に入っているので、自分のことをミャンファだと思っている。  ミャンファは今、ひとりの人間の老婆のそばで、その弱弱しい、規則的な呼吸の音を聞いていた。そしてまどろみながら、長い長い旅のことを思い返していた。 ***  ミャンファは初め、真っ白でふわふわの猫だった。しかしそれは最初のうちだけで、路上を生きていくうちに、白い毛は泥と垢とにまみれていった。人間は誰も、汚いミャンファに見向きもしなかった。  ところがひとり、汚い野猫に構う人間がいた。それは、野猫と同じように汚らしい子供だった。  恐らく、体温が欲しかったのだろう。子供は本来ならば大人の庇護を受けているべき年齢だったが、世の中の混乱が子供から家族を奪い去ったために、ひとりぼっちだった。ユキエという名前がありながら、その名前を呼ぶものはいなかった。  ユキエは、野猫を捕まえては懐に抱え込んで暖を取っていた。ユキエの胸からお腹にかけて、まるで元からそこにはめ込んであったかのように、最も丁度よく納まったのがミャンファだった。  ミャンファとしても、ユキエの体温や、ときどき背や耳のつけねを撫でる指先が心地よかったので、抱かれるがままになっていた。ミャンファの蚤がユキエに跳び移り、ユキエの毛じらみがミャンファの体毛を這って潜っていったが、両者ともそんなことは気にしなかった。  身寄りのないユキエは盗みでしか食べものを手に入れることが出来ず、痩せて弱弱しかった。ミャンファはユキエがあまり長く生きられないだろうと思って、彼女を憐れんだ。そして、せめて彼女が息絶えるその日まで、彼女の膝を温めていてやろうと心に決めた。  そしてその誓いこそが、ミャンファの長い旅の始まりだった。  ある日、夏のある日だった。ユキエは盗みに入った農家でとうとう捕まった。ユキエを捕らえた男たちは怒鳴り、叫び、少し黙ってから、ユキエをどこかに連れて行った。ミャンファはそれを追い掛けようとしたのだけれど、ユキエを捕まえた人間に「猫は連れていけないよ」と抱きかかえられた。ユキエだけが、どこかへ連れて行かれてしまった。  それから、ミャンファはその農家の猫になった。実のところ、ミャンファという名前は彼らに与えられたものだった。  農家の男たちは父親と息子で、ミャンファをよく可愛がったが、ミャンファはたびたび彼らを噛んだり引っ掻いたりした。彼らが、ユキエをどこかへと連れ去ったのだ。ミャンファが爪を立てると、彼らは「いてて、いてて」と痛がったが、なぜだか嬉しそうだった。  彼らはユキエと違って、ミャンファによく話しかけた。おかげでミャンファは、人間の言葉を少しだけ理解できるようになった。 「あの子は、上手く海を渡れたかねえ」  暖かな春の日、額に浮かんだ汗を拭きながら息子が言った。 「船の中で死んでいなければね」  父親の方も、農作業の手を止めて、袖で汗を拭った。そして、足元に寄って来たミャンファの背を軽く撫でた。 「でも父さんは、日本人を憎んでいるから、あの子を殺してしまうと思ったよ」  息子が言うと、父親は「そうだね」と空を見上げた。そして、土の上に腰を下ろして、ミャンファを抱き上げて膝に乗せた。 「そうしようかと思ったけど、でも、我慢ならなくってね」 「何が?」 「戦争に、何もかもが奪われるのが」  ごつごつとした指が、ミャンファの頬を優しく掻いた。 「少しくらい、奪い返したかったんだよ。あんな小さな女の子を、かわいそうだと思う心くらい、戦争から奪い返したかったんだよ」  そして父親はミャンファを膝の上からどけると、立ち上がり、また黙々と農作業に取り掛かった。息子も、草むしりを再開した。  ミャンファには詳しいことは分からなかったけれど、あの子というのがユキエのことで、どうやらユキエは、海というものを渡っていったのだと知った。そして、この男たちが存外嫌なものではないらしいことも、同時に知った。  それからミャンファは、彼らを噛んだり引っ掻いたりすることを、少しは遠慮するようになった。何度目かの冬の日に、父親が肺を悪くして死んだとき、ミャンファはその膝の上で彼を温めていた。  そして、折角なので息子の方も看取ってやろうと思ったが、息子の死に目に遭う前に、ミャンファの方が、内臓を悪くして死んだのだった。 ***  次にミャンファは、三色の毛を持って生まれた。兄弟たちがたくさんおり、母猫もいた。気候は暖かく、水にも食べるものにも困らなかった。  やがて兄弟たちもミャンファも成長し、ひとり立ちしてからは、ミャンファは決まった縄張りを持とうとせず、とにかくあちこち走り回った。海というものが何なのか知りたかったのだ。  ミャンファは誇り高く高潔な猫だった。もっと違った言い方をすれば、意地っ張りで強情で、驚くほど執念深い猫だった。  たいていの猫はそうかもしれない。一度こうすると強く決めたことを、自分で諦めたわけでもないのに、無理やりに取り上げられることが我慢ならなかったのだ。海を渡って、ユキエの膝に乗り、彼女が死ぬその瞬間まで温めてやるという誓いを、捨てるつもりなど毛頭なかった。  しかしどうやら三毛のミャンファの住むそばに、海というものはないようだった。人間たちの会話に耳をそばだててみても、彼らは海の話など少しもしないのだった。  ミャンファはあちこち走り回るのをやめて、人通りの多い場所を自分の縄張りにした。そして、道行く人々の声に耳を傾け続けた。ちょうど居心地のよい場所があったので、ミャンファは一日中そこにいて、体を丸めて眠るふりをした。  ミャンファは知りようもなかったが、そこは人間たちが作った仏像の脚の間だった。人々は、お釈迦様の座禅の中にまどろむ猫を、たいへんありがたがって、ナアラと呼んで可愛がった。ミャンファは四六時中撫でられたり、ちょっとした食べものを与えられたりした。  そんな日々を繰り返し、野猫にしては長く生きたある雨の日、ミャンファはお釈迦様の膝の上で、眠るようにたましいを手放したのだった。 ***  その次の生は、思い出したくもないものとなった。何色の毛を持って生まれたのかも覚えていない。飢餓と苦痛だけが、ミャンファに与えられる全てのものだった。気が付けばミャンファは暗く冷たい檻の中におり、同じ空間に何匹かの同胞がいたものの、ここがどこなのか知るものはなかった。  同胞たちの詰め込まれた檻は、あまりにも狭すぎた。ミャンファは満足に体を動かすこともままならず、四肢の関節が曲がったまま固まってしまった。これでは海を探しに行けないし、海を渡ることも出来ない。悲しくてミャンファが鳴くと、ひとりの男が檻を開け、同胞たちのうち一匹を適当に掴み、堅い壁に叩き付けて殺した。それを見てからは、ミャンファは一声も鳴かないように心掛けた。  男は常に怒っていた。ミャンファたちにではなく、何か別のものに対する憎しみを、体いっぱいに溜め込んでいた。それが彼の体からあふれ出るたびに、ミャンファは鋏で耳を切られ、尻尾を切られ、火で炙られるのだった。  三度目の生が終わるまでに、それほど時間はかからなかった。ミャンファは下水を通り、川を流れ、とうとう焦がれていた海へとたどり着いたのだが、そのときにはもう、ただの腐肉になっていた。 ***  ミャンファには、人間というものが分からなかった。残虐性に満ちているものもいれば、弱いものに対する慈愛に満ちているものもいる。今、ミャンファを抱き上げている男は、その両方を持っているようだった。  ミャンファは白黒のぶち模様を持って生まれ、ひとりの男の腕に抱かれていた。男は酷い酒飲みで、一年のうち酔っぱらっていない時間の方が短かった。そして毎日のように誰かを殴り、誰かに殴られていた。ミャンファはその男のねぐらで飼われていた。  本当のところ、前の生があんまり酷かったので、ミャンファは極力人間には近寄るまいと決めていた。いくら猫に九つのたましいがあるとはいえ、痛いものは痛いし、苦しいものは苦しいのだ。  けれど酒飲みは、ミャンファが逃げ出すと「猫ちゃん、猫ちゃん」と泣きながら路地裏中を探し回った。その声の悲愴さといったら、さしものミャンファも彼を憐れんで、物陰からそっと姿を現すのだった。酒飲みはミャンファを見付けると、優しく抱き締めて「猫ちゃん、猫ちゃん」と頬ずりをした。  ミャンファには、本当に、人間というものが分からなかった。彼が誰かを殴る時、その目はミャンファを火で炙った、あの男の目とそっくりだった。しかし同じ人間が、ミャンファに対しては一切手を上げず、ミャンファの嫌がることは何もせず、ミャンファを心から慈しみ、愛しているのだった。  彼が良い人間か悪い人間か、ミャンファはずっと考えていた。しかし答えが出ないうちに、ミャンファは猫風邪をひいて、そのまま弱って死んでしまった。  酒飲みは固く冷たくなったミャンファを抱き上げ、「猫ちゃん、猫ちゃん」と泣き続けた。毎日浴びるように飲んでいた酒を一切口にせず、痩せ細り、もうどこにもいないミャンファを探して路地をさまよい歩いた。  ミャンファはたましいだけになって、しばらくの間、酒飲みのそばを離れなかった。やがて酒飲みが足を滑らせ、冷たい冬のどぶ川に落ち、這い上がれないままこと切れるまで、ミャンファはずっと彼のそばにいた。 ***  次に生まれたところは、幸いにも港町だった。ミャンファはようやく、海というものが何なのかを知った。ミャンファを拾った漁師は、灰色の毛を持つミャンファにアッシュと名付け、家猫として育てようとしたが、ミャンファは家を抜け出して野猫になった。海が目の前にあるならば、これを渡らない選択肢はなかった。  ミャンファは人間たちの行動を注意深く観察し、どうやら船というものに乗り込めば、海を渡った向こう側へ行けることを知った。ミャンファにとって海とは海でしかなく、とにかくその向こうに行けばユキエがいるのだと思っていた。ユキエが渡った海は太平洋で、この時ミャンファが渡ろうとしていた海は大西洋だったのだが、もちろんそんなことは分からなかった。  海の向こうへ行くという船が来たので、ミャンファはそれに忍び込んだ。音を立てずに歩くことは得意だったし、夜目も利くので、侵入は夜間に問題なく完了した。船の中で人間に見つかったのは誤算だったが、船上の人間たちはミャンファを歓迎した。  船旅は何か月にも渡った。ミャンファは船の上で、ねずみを捕まえて暮らした。人間たちはそれを喜び、ミャンファにジリィと名前を付けた。ミャンファが、ミャンファという名前の次に気に入っていたのが、このジリィという名前だった。  船がいよいよ目的地に近づいたその日、それは起こった。船体は大きく傾ぎ、ミャンファは床を転がった。いつもならばミャンファを見れば顔をほころばせる人間たちが、恐ろしい表情で走り回っている。悲鳴と怒号と、野犬のうなり声のような低く恐ろしい音とが響き渡る。  ミャンファはよろよろと歩き、部屋のすみに身を隠した。恐ろしいことが起こっているうちは、なるべく動かず鳴かずにいる方が良い。しかし再び船体が揺れて、ミャンファは堪らずに一声鳴いた。すると大きな手がミャンファを捕まえて、麻袋の中に放り込んだ。ミャンファをよく可愛がっていた船員のひとりだった。  ミャンファは少し暴れたが、麻布越しにミャンファをなだめる声がとてもおだやかだったので、暴れるのをやめて麻袋に爪を立てた。 「ジリィ、良い子だから、じっとしておいで。良い子だから……」  陸に上がったとき、ミャンファは麻袋の中ですっかり疲れ切っていて、しばらく袋から這い出せなかった。ようやく顔を出したとき、ミャンファが見たものは、港を間近にして沈没した船の残骸と、ミャンファを助け出した男の横顔だった。  ミャンファが濡れないように、麻袋を肩に担いで、陸まで泳ぎ切ったのだろう。ミャンファは男の顔を舐めた。何度も何度も舐めたが、男はぴくりとも動かなかった。ミャンファは男の顔をもう一度舐めて、そしてその場をあとにした。  海を渡ったのだから、この街にユキエがいるはずだとミャンファは思っていたのだけれど、どこを探しても、ユキエは見付からなかった。毎日のように港をさまよう猫が、人間の目から見てもあんまり寂しそうに見えたので、海辺の人々はロンリーちゃん、と猫を呼んだ。そしてそれが短くなって、ロンというのがミャンファの新たな名前となった。  数年が経ったある夏の日、霧の濃い夜に、ミャンファは疲れて海辺に寝転がった。寝転がったまま、海を見ていた。  ここに至るまでに、いくつもの生を費やした。あの日、ユキエと別れて、彼女を追い掛け始めてから、随分と時間が経っている。いくら人間の命が猫より長持ちするとはいえ、ユキエももう子供ではないだろう。ミャンファが多くの名前を貰ったように、ユキエの名前も変わっているかもしれない。猫は九つのたましいを持つが、人間はいったいいくつのたましいを持っているのだろう。もしかして、もうたましいを使い切ってしまっているのではないか。  海を見つめながら、そんなことを考えていた。それでも、旅をやめるつもりは少しもなかった。ユキエの膝の上に辿りつくまでは……。  朝になっても、ミャンファはそこを動かなかった。すっかりくすんだ灰色の体からは、もうたましいは抜け去っていた。 ***  次にミャンファは、立派な漆黒の毛を持って生まれた。ミャンファを覗き込んでいたのは、優しげな顔の女だった。 「おまえ、名前は?」  名前をつけられたことはあれど、名前を尋ねられたことは初めてだった。「ミャンファ」と答えると、彼女は「そう」と言った。自分が人間の言葉を話したのか、彼女が猫の言葉を理解したのか、どちらなのかは分からなかった。  彼女はいわゆる魔女というものだった。ミャンファは魔女の使い魔として見いだされたのだ。魔女いわく、たましいの旅を重ねた猫は、魔女の使い魔としてとても優秀なのだという。  ミャンファは、自分の旅のことを話した。ユキエという人間を探していること。ユキエは海を渡った先にいること。前の生で海を渡りはしたけれど、結局ユキエは見つけられなかったこと。魔女はミャンファの話を聞いて、おかしそうに笑いながら、古びた地球儀をくるくる回した。 「そりゃあおまえ、海と言ったってこんなにあるからね。ユキエさんが渡っていったのは、どこの海なの」  そう尋ねられて、ミャンファは力なくうなだれた。ユキエと出会った場所がどこなのか、ミャンファは知らなかった。ユキエがどの海を渡っていったのかも、知るはずがなかった。 「それじゃあ、探しようがない。だけれど、ユキエという名前の響きは、日本人の名前のような気がするね」  魔女は地球儀のある一点を、細い指で指し示した。それは、四方を海に囲まれた大きな島だった。 「それで、おまえはどうするの。魔女の使い魔になれば、残しているたましいの数にもよるけれど、向こう百年は生きられる。おまえ、何度目の生なの」  ミャンファはこれで、六度目の生であることを説明した。そうすると、あるじとなる魔女の力量にもよるけれど、あと五百年程度は生きられるのだという。だけれども、呑気に五百年も生きていたら、その間にユキエは死んでしまう。早くユキエを探さなくては。 「ユキエさんは、もう死んでいるかもよ。生きていても、おまえのことなど覚えていないかも」  魔女はそう言ったが、そんなことはミャンファもとっくに承知しているし、そうだとしても構わないと思っていた。ユキエが死ぬまで彼女を温めようという、その誓いのために、ここまで来た。しかし長い長い旅の果て、目的は少しだけ変化していた。  ミャンファはただ、もう一度、ユキエに会いたかった。ユキエがもはやこの世に存在しないならば、それを確かめて、さよならと呟きたかった。 「目的は動機となり、執着は愛へと変わったのね」  魔女はミャンファをひと撫でして、「いいでしょう」と手を叩いた。 「わたくしが、おまえのあるじとして、きっちりとおまえの面倒を見ましょう」  そしてそのまま、加えて二度、手を叩いた。すると、光という光が魔女へ集まり、夢のように踊りながら、ミャンファの体を包み込んだ。 「人間は運と努力によって奇跡を起こすけれど、魔女は魔法によって奇跡を起こすのよ」  光の向こうで、魔女が笑った。 ***  そしてミャンファは、真っ白な猫として目を覚ました。小さな女の子が、ミャンファを包み込むように抱いていた。 「しろちゃん、かーわいい。ひいおばあちゃんも、見て」  女の子は、老婆の前にミャンファを差し出した。老婆は、その頭蓋の中にあんまり老いが溜まり過ぎたせいで、世界をぼんやりとしか認識できなくなっていた。  差し出された子猫は真っ白でふわふわの毛を持っていて、老婆は遠い日の何かをおぼろげに思い出しかけたのだけれど、記憶は粉雪のように淡く溶けて消えてゆき、いかなる像も結ばない。  ミャンファは一声、たった一声鳴いて、老婆の胸に頬をすりつけた。老婆はぼんやりとしたまま、その小さくて温かな生きものを抱き締める。老いさらばえた彼女の胸からお腹にかけて、まるで元からそこにはめ込んであったかのように、ミャンファは丁度よく納まった。そうして、ミャンファの長い旅は終わったのだった。  今、ミャンファはひとりの人間の老婆のそばで、その弱弱しい、規則的な呼吸の音を聞いている。時刻は明け方で、まだ誰も置きだす気配はない。老婆の心臓が、家族の起床を待たずに止まってしまうことを、ミャンファは知っている。  ミャンファは、老婆が眠っているベッドの上に飛び乗り、膝のあたりに寝転んだ。そして、彼女の心臓が止まるまで、じっと膝を温めていた。  やがて家族が起きだしてきて、老婆が、その波乱に満ちた人生を終えたことを知る。その時にはもう、真っ白でふわふわの猫は、家のどこにもいなかった。戸締りはしっかりとしていたのに、まるで雪が溶けたかのように、忽然といなくなっていた。  ふたつの喪失に泣きじゃくる女の子を、大人たちは慰める。きっとしろちゃんは、ひいおばあちゃんについていったんだよ、と。それはあながち間違いではなかった。 「さよならは言えた?」  魔女が尋ねると、ミャンファは小さく鳴いてうなずいた。老婆のたましいを、もう何にも苛まれない安らかな場所へ導いてから、ミャンファは魔女のもとへと帰ってきたのだ。魔女はミャンファの真っ白な背を撫でた。魔女の使い魔としては、白よりも黒の方が好ましいのだけれど、これはこれで良いか、と彼女は思う。  ミャンファはおとなしく撫でられながら、ひとつの旅を終えた寂しさと、また新たな旅が始まる予感とに胸を震わせていた。  魔女の使い魔となった自分は、これから残されたたましいの分だけ、長い時間を生きることとなる。使い魔の寿命はあるじの力量によるというけれど、頑張って長生きをして、この親切な魔女が死ぬときまでそばにいてやろうと、そんなことを、ミャンファは考えている。そして、彼女の膝を温めていてやろうと。 「これから、よろしくね。ミャンファ」  ミャンファを抱き上げて、魔女は言った。彼女の腕の中は、ユキエの腕の中ほどではなかったけれど、それでも居心地が良く、温かかった。 <おわり>
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