追いかけた背中

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追いかけた背中

 若い頃、レースで最後まで勝てなかったライバルがいた。 彼は本当に速くて、現役時代で彼が1着以外取ったところを見たことが無い。   私はというと、彼と同じレースに出た時は必ず2着、彼がいない場合は常に1着だった。   最初の頃はそれでも満足していた。 だが、次第に私は彼を意識するようになり、そこからは例え1着を取っても彼がいなければ意味がないと思うようになっていった。  私は彼を追い越したい一心で厳しい練習に励み、体調管理も徹底した。 私だけじゃない、私を指導してくれていたとても優秀で若いトレーナー、体調を常に気にしてくれていた施設の人々。 皆私を彼に勝たせようと躍起になっていた。 周りの期待に応えたい、そして私も彼に勝ちたい。  そうして極限まで鍛え上げた体と精神を携えて迎えた彼との一戦。 年齢的に私も彼も引退を意識していた為、おそらく彼と走れるのはこれが最後になるだろう。  私の人生の頂点の日、会場も満員で沢山の応援の声が聞こえる。 誰もが私と彼の事を観に来ているに違いない。  スタート位置に付いた時に彼を見る。 彼も私を見ていた。しかし、真剣なまなざしで睨みつけている私とは対照的に、まるでこの瞬間を楽しんでいるかのような笑顔をこちらに向けていた。  予想通り、あの日が私の人生最大に輝いた日となった。  その後私は何回かレースに出たが、彼と当たることなく、完全に燃え尽きていた私はやる気が出ずどのレースも散々な結果になり、引退。引退した日からはのんびりと隠居生活の日々で、たまに近所の人や現役時代の私のファンが遊びに来てくれたりした。  話によると、彼は私が引退した2年後に引退。結局生涯無敗、その時代最強として伝説となった。 「おはようさん」  お隣さんがゆっくりした口調で挨拶をしてきた。私の最大最強のライバル、すっかりおじいちゃんになった彼だった。 「おはよう。今日も天気が良いね」  しゃがれた、発するにも一苦労な声で私は挨拶を返す。 私もいい年で、今は自力で立ち上がることも出来なくなっていた。  彼が引退し、私の隣へ引っ越してきてからはずっと一緒だった。  お互いに盛り上がる話題と言えばやはり、現役時代の事。彼も私の事をライバルとして意識してたらしく、 「僕を追い越そうとしていたのは君だけだった。君が出ないレースはとにかくつまらなくてね。だから、君と一緒に走れるレースの前日は楽しみにし過ぎて眠れなかったよ」  と言われて私はとても嬉しかった。 それと同時に、私の引退レースの位置に付いた時の笑顔はそういう気持ちだったのかと納得した。  隠居生活の時も何度も対決を申し込み戦ったが、やはり一度も勝てなかった。 「私ほどあんたの背中を見た奴はいないだろうね」  意識が朦朧としていく中、私は彼に言った。 「違いないね」 「だけど、あっちには先に行かせてもらうよ。あんたが来た時には迎えに行くから、その時はは私の背中に付いてきな」 「嫌だね。道案内しに来たお前を追い越してやるよ」 「・・・どこまでも、減らない口だね・・・・・・」  その日、僕の親友が亡くなった。 親友を現役時代から世話や調教してくれていた優秀なおじさんトレーナーが人間で最初に見つけ、老衰だという事もあり、処置などはしなかった。  親友の体を人間たちがどこかへ運ぶ作業中、みんな泣いていた。 「ああ・・・追い抜かれるというのは、こんなにも辛い事だったんだね」  こちらの世界ではもう会えない親友馬を見送りながら、僕は独り言を呟いた。
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