気分乗乗☆転校生

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気分乗乗☆転校生

 様々な遊びの誘惑に打ち勝って受験勉強に励んだ僕は、念願の第一志望校であった県立乗法(じょうほう)高校に入学することができた。  理系大学への進学実績が高いことで知られる乗法高校では毎朝実施される計算テストが有名であり、一週間の総合成績でクラスの上位5名となった生徒は表彰され放課後の掃除が免除されるという特典を得ることができる。  6月になって学校の雰囲気にも慣れてきた僕は今日も友達と肩を並べて計算テストに取り組んでいた。  計算量の多いテストは10分間でさっさと終わり、問題用紙が最後列の席から回収されていく。  僕が後ろの席から渡した答案を前に送ると、(せき)君がため息をつきながら話しかけてきた。 「あー疲れた。こういう時、高校受験でも数学が得意だったカケルはいいよな」 「確かに数学以外の小テストがないと不公平だよね。毎朝計算テストがあることは前から知ってたから、受験の頃から数学は人一倍勉強してたけど」 「そうかそうか。まあ大学受験でも数学の勉強量は他の科目よりずっと多いらしいし、今から頑張るのも悪くないのかもな」  積君がそこまで話した所で朝のホームルームが始まり、僕らは先生の話に耳を傾けた。 「おはよう、今日は君たちに新しいクラスメイトを紹介したい。演山(えんざん)さん、入ってきてくれ」  先生がそう言うと、教室の前方から女子生徒が入室してきた。 「はじめまして、今日からこの高校に入学することになった演山(えんざん)法子(のりこ)です。両親の仕事の都合でアメリカの中学校に通っていて、3年ぶりに日本に帰ってきました。日本での生活には慣れていませんが仲良くしてください」  演山さんはそう言うとぺこりとお辞儀をして、教室内では男女を問わず多くの学生から歓声が上がった。 「せっかくだから聞いてみよう。演山さんに質問がある奴はいないか?」  先生がそう尋ねると噂話好きの女子が挙手して質問した。 「演山さんは美人ですけど、これまで彼氏は何人いたんですか? 2人ぐらい?」 「6人です」  教室内が凍りついた。  空気を何とかしようと陽気な男子生徒が質問を加える。 「え、演山さんってモテるんですね! この前のホワイトデーのプレゼントも6個ですか?」 「36個です」 「へー、凄いなあ。俺は身長しか自慢できる物がないんですけど、演山さんはどれぐらいの身長の男が好きですか? 二枚目なら関係ないかな?」 「そうですね……。72cmぐらいの男性が好みですね」  今度は教室内がざわつき始めた。 「こらこら君たち。転校生だからって演山さんをからかうのは良くないぞ。では僕から質問だが、演山さんは1日に何分ぐらい勉強しているかな? 60分はやっていて欲しいものだけど」  奇妙な発言を続ける演山さんに先生が真面目な質問を投げかけた。 「1日当たりですと、4320分勉強しています。つまり72時間で……あれ?」  いよいよ自分の発言のおかしさに気づいたらしい演山さんは、突然何かを悟った表情になるとつかつかと教室の後方へと歩き始めた。  演山さんは僕の目の前まで来ると、 「ちょっと来て!」  と言って、僕の腕をつかんでそのまま廊下へと走り出した。  唖然とするクラスメイトと先生を背に、僕は演山さんに中庭まで連れていかれた。 「えーと……君、大丈夫?」  もはや電波な女の子にしか見えなくなった演山さんに僕は恐る恐る尋ねた。 「大丈夫なんかじゃないわ。あなた、さっき人一倍とか何とか言わなかった?」 「確かに言ってた気がするけど」 「私には昔から変な体質があって、近くで一倍という言葉を使われるとそれから誰かが言った数字を次々に掛け算してしまうの」 「ええー、それじゃ事あるごとに四苦八苦しちゃうんじゃない?」 「そういう経験はこれまで138240回も味わって……あっ、駄目駄目」  瞬時に4320×4×8の計算結果が出た辺り、この体質は嘘ではないらしい。 「何とかしてあげたいけど、どうすればいいの?」 「今すぐここで、割り算っぽい言葉を言ってみて」 「OK、じゃあ、演山さんって割と天然っぽいよね」  その瞬間、彼女の瞳がキラリと輝いて見えた。 「これでいいのかな? さっき言ってたことを訂正しないと演山さんが嘘八百の人だと思われかねないから、そろそろ教室に戻ろうか」 「ありがとう。転校してきたばかりだけど、172.8回は謝らないといけないわね」 「あっ……」  (完)
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