紅葉ダンス

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 イマジナリーフレンドが公園の誘蛾灯の上で軽やかに踊っている。月光に照らされて、街を尊大に見下ろしながら。  秋風が彼女の白のワンピースをはためかせて、三日月と交信を取っている様だとそんな感想を僕に抱かせた。僕はベンチからその様子を眺めて、観客席から惜しみない拍手を送った。  僕は彼女を『紅茶』と呼んでいる。無表情な顔、黒髪が風に靡いて揺れる様、服は朧気で一瞬でも目を離せば変わる。木漏れ日が微かに入るカフェでオレンジペコーの紅茶を飲んで小説でも読んでいそうだから紅茶という名前だ。絶望的なネーミングセンスだが文句があるなら九歳の時の僕に言って欲しい。  妄想癖が人より強かった僕は幼い時に彼女を創造し脳内で様々な表情を作らせた。最初はマリオネットの糸で人形を動かしているみたいな感覚で言葉が詰まったりして滑らかに喋らせる事が出来なかった。それが精神と肉体の成長と共に違和感無く脳内で理想を演じさせる事が出来た。  柔和な表情、淑やかな様子、熱情を帯びた黒瞳。本を読みながらさり気なく視線を僕に送り、優しく微笑む。(しおり)にはクローバーがラミネートされている。真っ白な素肌に心が躍る。  脳幹から足の爪先まで支配されているのでは無いかと自分で心配してしまう位、彼女という妄想に本気で首ったけだった。  だが最近問題が起こった。  半年前から彼女が、妄想が勝手に動く様になってしまったのだ。  本当に脈絡なく、唐突に。  糸を引きちぎって、彼女は勝手に歩き出した。  僕が何をしていても、脳内を飛び出して現実世界の至る所に彼女は現れ続けた。所詮妄想なので何か被害を与えられたり体を傷付けられたりなんて事は起こらなかったが。  高校の授業中も窓の縁に立って外を見ている彼女が目にチラついてしまって、集中なんて出来ない。香りもしない、体温も無い死人以下の存在なのに、ずっと脳内に巣食っていた存在だから忘れる事も捨てる事も出来ず、寧ろその美しさに僕は熱暴走を起こして毎秒惹かれていくばかりだった。  でも彼女は僕から距離を取って触れさせてくれない。時折、僕から逃げようとするのだ。視界の外に走って曲がり角で消える。そして僕の事を恨めしそうに、少し顔を出して見つめてくる。捨て猫の様な愛くるしい仕草を見せられて僕は結局追いかけてしまう。  今日、こんな深夜にベンチに座っているのも彼女がまた逃げ出したからだ。たかが妄想に四苦八苦する人間なんて滑稽以外の何者では無いのは分かっているが、こうやって月明かりの下踊る彼女を見れたので眼福だった。
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