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令和の悪女、松田佐那の述懐
はい。連日テレビやネットなどで報じられている内容に、相違ございません。私、松田佐那は殺した夫の頬の肉を削ぎ、その場で食べました。
私は夫と結婚して二か月、彼の不誠実のせいで二十六歳になった現在と、期待に満ち溢れた将来の日々をチンカスよりも価値のないものに下げられました。
あんな風に殺したのも、夫が全て悪いのでございます。間違いなく夫のせいです。本当に許せません。許す気もございません。
だって、このコロナ禍で世間が騒ぎ、緊急事態宣言も出されたのに、毎日毎日出勤して、夜の十一時に帰宅して来るなんて考えられますか。実際、彼は嘘を吐いていました。出勤なんてしていなかったのですよ。全て、この両方の眼で確認しましたのですから。間違いありません。それについてお話しします。
事件当日、いつものように夫は仕事に行くと言って朝の七時に家を出ました。連日、家を空けて夜遅くに帰って来るため、既に不信感を抱いておりました。仕事を頑張っていただけだとは思わなかったのか、ですって。いやあ、刑事さん。勘ですよ、勘。何となく怪しいような気がしたんです。
私の勘というのはよく当たるものなのです。刑事さんなら分かってくれるでしょ。
夫が会社に行くためマンションのエレベータに乗って一階へ降りてから、私もエレベータが来るのを待って彼の後をつけて行きました。
はい、全くバレなかったです。きっと夫の心は私の元にあらず。行く先の女のところにあったのでしょう。一度も私と住むマンションを振り返らずに、カツカツ靴音を立てて、迷いなく進んで行ったのです。
夫は最寄り駅に着いてから、会社へ向かう電車とは違う電車に乗ったのでした。元々私たちは会社の先輩後輩の関係なので、私もオフィスの場所は知っております。この瞬間に被害妄想ではないと確信したのです。
そこから夫とは違う車両に乗って、彼の背中を見張っていました。三駅ほど乗ってから、違う電車に乗り替えました。また二駅乗って着いた駅で降りて行きました。
改札を抜ける夫の背中は、軍鶏みたいに力強く見えてしまって。何だか痛々しくも悲しくも見えました。私と一緒にいる時はあんなに格好良くならないのですから。
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