令和の悪女、松田佐那の述懐

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 追っていると一軒のアパートに辿り着きました。階段を上り二階へ向かった夫は、外廊下の一番右端の扉の前に立って、インターフォンを押していました。私はアパートの近くの電信柱に身を隠して、彼の一挙手一投足を監視していました。    扉が開いて彼は中に吸い込まれて行きました。扉を開けた人間の姿は見えませんでした。なので、夫が出て来るまで、外で待つことにしました。  ええ、部屋から帰って来た夫に誰の部屋に行っていたのか聞く予定でした。そしてその人を紹介してもらおうという魂胆でした。  刑事さん、口を挟まずに聞いて下さい。色々聞きたいことがあるのは分かります。だけど私は自分の順序で全て話したいのでございます。どうか気を悪くしないで下さい。  日が暮れてもずっと一人で待っていました。何時間外で一人佇んでいたか。待っている時間は異様に長く感じました。でも、いつ夫が出て来るか知らないので、その場を動くわけにはいかないのです。  夕日が電柱の影を長く伸ばしているな、と思っていたら例の扉が開いたのです。部屋から夫は一人の女性と一緒に出て来ました。私より少し上で夫と同い年くらいの、三十歳くらいの女です。でも全然意外な気はしませんでした。きっと、そんなことだろうと諦めていましたので。  でも、そりゃあ、ショックはショックですよ。だって今年の二月に籍を入れたばかりなのですから。まだ二か月とちょっとしか新婚生活を堪能していない時期なんですからね。  夫は社内でも誠実で、納期が迫っていて忙しい時でも全く弱音を吐かない完璧な男性でした。何でそんな男が私だけは裏切れたのか。軽視されていたのかと、もう泣きたくても怒りで涙が出ませんよ。それが気持ち悪くて。  一旦、電柱から離れ近くのコンビニに入ってウィンドウから覗き、二人が歩き去って行くまで待っておりました。はい、いざとなったら、夫の前に行けなかったのです。落ち着かなくなったのですね。でも、このまま引き返すわけにはいきません。  二人が去ってから例の扉の前で座り込み、帰って来るまで待ちました。どこに行ったのかは知らないが、いつまでも待つつもりでした。時刻は夜の七時でした。夫は毎日夜の十一時に帰って来るので、またこの部屋に戻って来るだろうと確信していました。
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