令和の悪女、松田佐那の述懐

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 既に日は沈みかけていましたが、夫たちが帰って来る頃には暗くなっていました。二階の外廊下に座って階下の電灯の明かりにまとわりつく蛾の群れを見ていたら、旦那と女の姿が見えたのです。  コンコン音を立てて階段を上る途中で、二人は私の存在に気付いたみたいです。足音が止まりました。私は立ち上がって見ると夫は明らかに蒼ざめ、女は不思議そうな顔をして首を傾げていました。  二人の元に行きました。 夫は硬直していました。逃げられなかったみたいですね。女は近付いて来る私のことを目で追っていたのですが、近付くにつれ、目に怒りの色が浮かんでいました。何かを察したのでしょうね。  階段を降りて二人の元に着きますと、こう言ったのです。私の夫を返して、と。女は私から隣に立っていた夫の方に顔を向けました。睨んでいましたね。きっと彼に自分が既婚者だということを隠されていたのでしょう。  肝心の夫は、黒い革靴の爪先で階段の縁をツンツンしていました。何を考えているのでしょうか。はっきりしない夫の態度が気に入らなかったのでしょう。女は私の目の前で噴火したのでございます。はい、もうブチギレでした。何を言っていたのかは覚えていません。ただ、相当口汚く罵っていたように覚えております。  私は決して夫を嫌いになりたいわけではないのです。むしろ改心してほしいと願っていたのです。なので愛情はあるのです。そんな余所の女に罵詈雑言を浴びせられる姿など見たくないのです。女に対して憎悪が沸くと同時に、夫に対して不憫な気持ちを抱くようになりました。  夫を追って来たので、女に対する気持ちよりも彼に対する気持ちの方が、そりゃあ強いのです。だから、私はその場で彼が可哀想になって、眉根を寄せて二人を見ていたと思います。  新婚生活に入ったヒビを目の前にして、どうするべきか逡巡していました。このヒビを修復するためには、夫の気持ちを確かめるしかないと思いました。彼に、私のことをまだ好いてくれているの、と聞いてみました。女も口を閉じ、彼の答えを待っていました。  夫はしばらく黙った後、分からない、と言いました。何て正直な返事でしょう。ついに頭に血が上って来ました。さっきまで彼に対して可哀想だと同情していたのに、一瞬で裏切られたのですから。唇がパタパタ震えていることを自覚しました。
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