私はあなたに恋をしたの?

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「ちょっと、はっきりしなさいよ。男なんでしょ?」  雪美は唇を尖らせていたが、穏やかな口調で言った。  放課後のざわめきは人気のない体育館の裏まで響いてくる。  建物の陰に一組の制服姿の男女の姿。雪美と俊輔。  体育館の中からもにぎやかな部活の声が漏れている。  金曜日の午後の日差しが雪美の白いセーラー服に跳ねてキラキラと輝いている。 「用事がないのなら私、帰る。友達待たしてあるから」  雪美は男を睨むようにして言った。 「ちょっと待って。その・・・・」  男は彫りの深い顔で、高校生としてはがっしりとした体格をしている。 「その、俺と付き合ってほしい」 「私、あなたが好き」 「え?」 「俊輔君も翔平君も聖人君も吉田君も山田君も、みんないい人たちで好き」 「そういうのじゃなくて」 「そういうのじゃないのは嫌」 「俺は真剣だよ」 「私はみんなとワイワイしているのが好き。ごめんなさい」  小さく頭を下げると、雪美は小走りに男から離れていった。  残された男は眩しそうにその後ろ姿を見送る。  背中をポンと叩かれて男は後ろを振り向いた。 「やっぱり振られた」  背中を叩いた男がにやけた顔で言った。 「チェッ」 「遊び人のお前でも落とせなかったか」 「バカやろ、そんなんじゃない。あいつだけは・・・・」 「雪美、どうだった?」  校門の前で雪美の友達の夏香と優樹菜が待っていた。 「別に」  雪美は夏香に素っ気なく答える。 「俊輔君に呼び出されたんでしょ。愛の告白でもあったんじゃないの?」 「そうよ。私たちの憧れの人なんだから。はっきりしなよ」 「ええ? あのチャラそうな俊輔君が? 憧れてるの?」 「雪美は男に興味がないからね」 「何それ。私はただもっと素敵な大人の恋がしたいの。あんなガキじゃね」 「うわ、言った」 「今のところは食べ物が恋人だね。ということで、甘いものでも食べに行く?」 「行く」 「優樹菜は?」 「当然でしょ」  三人はお気に入りの店へと歩き出した。 「じゃあねー」  シートにちょこんと座る二人に軽く手を振って雪美は電車を降りた。  その駅は他の駅に比べ、ホームは閑散とした印象がある。一等住宅地の玄関口となっているので、乗降客が少ないのも当然といえた。  雪美は肩にかかる髪をわずかな風になびかせて住宅街の道を歩いた。高度を落としつつある太陽の斜めの日差しが眩しい。  森口雪美。見た目はちょっといいとこのお嬢さんで、実際もそうだった。  日差しを遮る並木の下の道を雪美は楽しげに歩いた。  別にこれから楽しいことがあるわけではない。閑散としているのに、どことなく週末の活気を予感させくれるような景色。その家並みを見ながら歩くだけで浮き浮きしてくる。何か今にも素敵な出会いがありそう。 「ねえ、ちょっといいですか」  すぐ後ろで声が発せられ、雪美は驚いて振り返った。 「この近くの人?」  雪美は話しかけてきた男を見て目をぱちくりした後、小さく頷いた。  目の前に立つのはすらりと細く、肌も白くて繊細だけど明るそうなイメージの大学生っぽい男だった。白くて並びの良い歯が目立った。 「駅に行くにはどう行ったらいいかな?」  雪美は今来た道を指差した。その先に小さく駅の建物が見える。 「ああ、あれか。ありがとう。お礼といっちゃなんだけど、お茶でもご馳走しようか」 「いえ、そんな」 「遠慮しなくてもいいよ」 「これから彼とデートがあるから」  大学生風の男の笑顔が消えた。 「そう。じゃ、またね」  雪美が見送っていると、男は道端に停めてあった白くてお洒落な外車に乗り込むと、駅とは逆の方向へ走り去っていった。 「あーあ、あんなのばっかり」  小さくため息を吐くと、見えてきた我が家に向かってスキップをした。
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