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「という訳で今日の予定はみんなキャンセルするから。先方に伝えておいてくれ。すまんな」
スマホをポケットに入れて森口佳一は刑事たちを見た。
「どうもすみませんね」
昨日とは違う刑事が佳一に言った。
「いえ。たまには日曜日くらい家にいるのもいいでしょう」
佳一は無理に笑おうとしたが、余計に顔を強張らせただけだった。
クロちゃんが出かけていき、クラちゃんと雪美はまた部屋に残された。することもないのでまた教科書を開いた。クラちゃんは昨日と同じ場所、同じ姿勢でスマホをいじっている。
何を考えているのかしら、この男は。
「あの」
雪美の声を聞き、クラちゃんが顔を上げた。
「シャワー浴びていいですか?」
クラちゃんは無言で部屋を出ていった。
すぐにザーザーと音が聞こえてきた。
クラちゃんは部屋に戻ってくると音のする方を指差してからいつもの姿勢に戻った。
「あの」
雪美の声など耳に入らないかのようにクラちゃんはスマホの画面を指でなぞっている。
昨日から言葉を忘れてしまったような男と話をするのを諦めて、雪美はシャワーの音のする方へ足を向けた。
そこにはきちんと畳まれたタオルと石鹸が置いてあった。
タオルは置いてあるよ、くらい言ってくれてもよさそうなのに。あの人と一緒にいたらノイローゼになってしまいそうだ。
雪美はシャワーを浴びながらそんなことを思っていた。
「おーい、下着ここに置いておくぞ」
不意にドアの向こうで声がして、雪美は湯を浴びたままその場にしゃがんだ。
「サイズは適当だけど、着られるだろ」
すぐに脱衣所の人の気配はなくなった。
何だか安心できなくなって慌てて風呂場を出て下着を身に付けた。ちょっときつかった。
「失礼ね、私そんなに小さくないわよ」
雪美は独り言を言った。
「そうか、悪かったな」
ドアの向こうから声がしてギクッとした。急いで服を着てドアを開ける。
クロちゃんがドアの前に椅子を置き、座っていた。
「別に覗いちゃいねえよ。見張りだ、見張り」
雪美の視線に気が付き、クロちゃんはニヤニヤしながら言った。
その態度に腹が立った。こんな男よりまだクラちゃんの方がいいや。あの人といるノイローゼになりそうだけど、この人と話をしていると腹が立つ。
雪美は男からプイッと顔を背けると、いつもの部屋に戻った。
クラちゃんはやっぱり同じ姿勢でいた。
これからは二人とも、ちゃん付けはなしだ。クロとクラ。それで十分。
こらクロ、ふざけるな! そっと覗いてただろ!
なんてね。
こらクラ、ふざけるな! もっとちゃんと私の相手をしろ!
なんてね。
あほらしい。
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