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「ふーん、そうか。変な男は相手にするなよ」
雪美の父、森口佳一が愉快そうに言った。
その日は珍しく佳一が早く帰宅したので、久しぶりに親子三人で食卓を囲んでいる。
雪美の父は大手金属加工機メーカーの重役で、朝の出勤が遅いが夜の帰宅も遅い。
「あなた、何、その言い方」
妻の友里恵が口を挟んだ。
「いいじゃないか、雪美だって、もう大人だ」
「まだ17になったばかりです」
「17といえばもう立派な大人だ。彼氏はいるのか?」
「やめてよ。」
雪美が迷惑そうに言う。
「あなた。雪美はまだ子供。そんなのはまだ先。大学に行って、社会に出て、世間を学んでから結婚すればいいの」
「お前、何十年前の話をしてるんだ? 女がインテリぶるのは可愛くない。世間を知らなくても、相手の男が立派ならそれでいいんだ」
「あなたこそ何十年前の話をしているの?」
「ちょっと、ちょっと。私の将来は私が考えるし、私が決める。そうでしょ?」
「それはそうだが、若いうちからチャラチャラして遊び歩いているような男は駄目だ。若いうちは真面目に仕事に取り組んで、苦労したほうがいい」
「あら、あなたはどうだったの?」
「お、俺は真面目に仕事一筋・・・・」
「えー!」
「うるさい!」
うちの親もガキなんだから。
雪美は愉快そうにサラダの野菜を口に放り込んだ。
土曜日と日曜日はいつもながらあっという間に過ぎて、月曜日の朝になった。
白いシャツとセーラー服の群れの中を、雪美と夏香、優樹菜の三人も楽しげに話をしながら歩いていく。
「ねえ、雪美」
夏香が目で合図する。
雪美は校門の門柱に寄りかかる俊輔と目が合った。
「おはよう」
小さくつぶやくように言うと、雪美は視線を落としたまま校門を通り過ぎた。
「おはよー」
夏香と優樹菜の声など耳に入らないかのように俊輔は無言で雪美を見送った。
やがて一週間の最初の授業が始まった。
「ねえ、ねえ」
雪美の背中を後ろの席の夏香が突いてくる。
「何?」
雪美は声を殺して応えた。
「どう思う、さっきの俊輔君」
夏香も同じように小声で話す。
「どうって?」
「私達なんか目に入らないって感じで雪美のことばかり見てたよ」
「そう?」
「そうって、やっぱり何かあったの?」
「何もない」
「はい、森口、問一の答えは?」
不意に名前を呼ばれて、雪美は座ったままパッと気を付けをした。
「はい」
小さな声で返事をして席を立つ。
「えーと。えーと・・・・。えー・・・・」
「123ページ」
後ろから夏香が助け舟を出した。
慌てて教科書の次のページをめくる。
「そう、答えは『えーと、えーと、えー』だ。よくできた、なんてわけがないだろ。無駄なおしゃべりはしない」
数学の杉山が冗談だか本気だかわからない言葉を発して雪美をたしなめた。
「はい」
また小さく返事をして雪美は座った。
「ごめん」
夏香が小声で後ろから詫びを入れてきた。
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