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「どうしよー」
夏香があまり深刻そうでもない顔で天を仰いだ。
朝とは逆に、校門は生徒たちを吐き出している。
「また始まった。テスト前の得意技」
「優樹菜、それはない。そりゃあ二人はできるからいいでしょうけど」
「私だっていきなり明日テストやるだなんて言われたら困るよ」
「あーあ。雪美、暗いな。さっきのこと、まだ悲しがってるの?」
「ううん、ちょっと考え事」
「あら」
朝と同じ場所、同じ姿勢で俊輔がいた。
「さよなら」
「さよならー」
三人は俊輔の前を通り過ぎた。
「ねえねえ」
雪美のセーラーの袖を夏香が引っ張る。
「ん?」
「ついてくるよ」
俊輔は三人を追い越すと振り返り、雪美の前に立った。
「俺は本気だよ」
四人は川の中の島のように、人の流れの中に佇んだ。
「ごめんなさい、今、付き合っている人がいるの」
「そう。分かった。もう何も言わないし、何もしない。俺は移り気だから、いつまでもお前が好きになってくれるのを待つなんてできないと思う。だけど、俺の気持ちが変わる前にお前の気持ちが変わったら知らせてくれよな」
俊輔は人混みの中に紛れていった。
「雪美?」
夏香が雪美の顔を覗きこんだ。
雪美は目に涙を溜めている。
「どうしたの?」
「何だか悲しい。彼を傷つけちゃったかな」
「俊輔君と何かあったの?」
「付き合ってくれって言われた。でも断ったの」
「ふーん」
「俊輔君、わかっていたみたい。彼がいるなんて嘘ついたの」
それからの一週間、雪美は教室で、廊下で、昇降口で、俊輔と目が合うたびに、いや、その姿を見かけるだけで胸が痛んだ。だけど俊輔の今までと変わらない瞳に、雪美の心の痛みは少しずつ薄れていった。
「でもあんたもバカねー」
「何よ」
金曜日の午後、いつもの調子に戻った雪美が夏香の言葉に返す。
「あんなにいい男、振っちゃうなんて」
「やめてよ。まだ恋愛なんてわからない」
「あなた昭和の人? それとも精神年齢五歳?」
「何言ってんの」
「いいチャンスだったのに。こんなこと、一生のうちに何度あるかわからないよ。私が代わってあげたい」
「代われるのならどうぞ」
「雪美は一生独身で通すつもりのようだ」
「何でそこまで話が行くの」
優樹菜は二人の会話をにやにやしながら聞いている。
「そりゃ、俊輔君はいい人だよ。優しいし、見てくれはいいし。もしかしたら私と俊輔君は大恋愛の末に結ばれるかもしれない。でも、それは今じゃない」
「いいよいいよ。どうせ一生独身で通すんでしょ」
「もう。それよりパフェ食べに行こ」
「行こう」
それまで黙っていた優樹菜がすかさず反応する。
「じゃ、そこでしっかり話そう」
「もういいよ、その話は」
「雪美が嫌だっていうのならやめとく。ああ、ちょっぴり太っちゃうな」
「もう太ってる」
「何よ」
夏香が頬を膨らませて、より太った。
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