5人が本棚に入れています
本棚に追加
帰り道、うだるような夏の空にうんざりしながらも、小夜子の足取りは軽快だった。お寺から駅までの道のりも、スキップを踏みたいほどに軽やかであった。
電車までの時間潰しに、駅前のファーストフード店に入り、アイスコーヒーを注文した。昼下がりなのに客はまばらである。小夜子は奥の席に腰掛け、アイスコーヒーを口にした。その味の薄さに驚きながらも、何だか自分自身全てが滑稽であった。
「多分、私は竜郎さんを愛し過ぎていたんだわ。だから手に入ることなんて求めていないまでに昇華した…」
ふと小夜子は自分の左手の薬指の結婚指輪に目を落とす。23歳から45年間、一度も外したことのなかった結婚指輪。竜郎と一緒に選んで、結婚式で指輪交換をして。その日からずっと身につけている年季の入った指輪は、その年月を物語っている。孤独だった結婚生活の喜怒哀楽を全て分かち合ってきた戦友のような存在だ。竜郎は結婚して早々に外していたようだが、小夜子は違った。今日、この瞬間までずっとつけていた。
おもむろに小夜子は自分の左手の薬指から結婚指輪を引き抜くと、飲み干したアイスコーヒーのカップと一緒にダストボックスに投げ入れ、ファストフード店を後にした。
「電車が来ちゃう!乗り遅れたら大変!」
ハイヒールをもろともせず、小夜子は駆け出した。
駅舎から見上げた空には大きな入道雲。まだまだ夏は終わる気配はない。
最初のコメントを投稿しよう!