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最近の小夜子の日課は朝と夕刻、竜郎との散歩だ。
「こうして夫婦で歩調を合わせて歩く日が来るだなんて…!この人の心を追いかけてきて、本当に良かった」
しみじみと夫婦の幸せを今、味わい直せる小夜子は自身を果報者と信じて疑わなかった。
散歩をしながら、季節の移ろいを植物から感じ取る。
「紫陽花が咲いたね」
そう言いながら、少し恥ずかしそうに竜郎は小夜子の手を握った。
小夜子の心臓はキュンと躍り上がる。この感覚は高校生の頃から半世紀経過しても、どうやら衰えることはないようだ。
ふと小夜子は自分の手を握りしめている竜郎の手をを見て、驚いた。
「こんなに皺とシミが散りばめられているなんて…!」
ぎゅうっと握り返してから、サッと離した。ふりほどこうとしたことが、バレない程度に。
それが手を握った最後の記憶となった。
小夜子にとって、竜郎との手を繋いだ想い出はかけがえのない宝物である。それを汚すだなんて、いくら竜郎本人でも許されない。
自分の手が年齢と共に血管が浮き出て、皮膚のキメも粗くなるのと同様、竜郎の手も年相応に老いている。当然のことだ。しかしそれをまざまざと見せつけられた気がした。一緒に年を重ねてきていなかった事実が、今、こうして小夜子に衝撃を与えるのだ。
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