桜の絵を描く男の子

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桜の絵を描く男の子

 お昼休み。絶品のきなこパンの給食を食べた後、早速係の話し合いをすることになった。  つまり、悠希くんと二人で話し合いってこと! 「まず、滑りやすい斜面とかに、注意の張り紙を貼ったり、あとは花びらが校舎の中に散らばってるのを掃除したりっていうのが必要だと思うんだ」 「うんうん」 「夕菜は何か意見あるかな?」 「えっとあのー、そ、そもそも花びらが止まればいいなって」 「やませるってこと?」 「うん。あ、でもそんなのできるわけないか、あはは」 「できるかも。それを真剣に考えるのも大事だね」  考え込む悠希くん。  でも、いくら悠希くんでもわかんないんじゃないかと思う。  でも、ゆめのぬいぐるみが存在してるって知ってる私なら……。  とにかく、私の考えが正しかったら、この学校のどこかに、桜の花びらが降ってほしいという夢を持っている人がいるはず。  その人を突き止めることができるなら……進展する可能性がある。 「あの、悠希くん」 「どうした?」 「桜の花びらが好きっていうか……降って喜んでる人とかっているのかな」 「まあキレイだからね。SNSとかにあげてる人は多いみたいだな。でも……じきに飽きそうだよなあ」 「うん、あのー、なんかその中でも、特別喜んでる人とか知ってたりする?」 「特別喜んでる人? どうだろう……思いつかないな」 「そうだよね」  花びらは確かにキレイだよ。でもずっとこんなにたくさん降ってほしい人がどんな人か、それはわかんないよ。 「あっ。喜ぶ人いるかも」 「え、ほんと?」 「確かいるんだよ。桜の絵ばっかり描いてる人が。五年三組だったかな?」 「その人に会いたい!」 「会いたいの? どうして?」  不思議がる悠希くんを見て、なんとか理由を考えなきゃってなる私。 「あ、なんていうかー、ほら、桜の花びらに対してポジティブになれそうじゃない?」 「確かにそうだね。会いに行ってみるか」 「うんっ」  解決への道のり、でき始めてるんじゃない?  そして悠希くんと五年三組を訪ねた。 「失礼しますー。あ、あそこにいるね」  悠希くんの目線の先には悠希くんに負けず劣らずかっこいい男の子。ただ少し悠希くんよりすらっとしてて、繊細な雰囲気を漂わせている。 「山本君」  悠希くんが声をかけた。 「ん? 何?」 「あ、えーと……」 「わ、私が会いたくてきました!」  ここは私が言わないと。だって会いたいって言ったのは私。 「え、要は俺のファンで告白ってことか?」 「こ、告白? ち、ちがうよ?」 「そう。君の顔は桜の花びらのようで、可愛いと思ったんだけどなあ」 「か、可愛い……ありがとう」  いきなり変わってる芸術家の雰囲気を感じた私。  可愛いって言われるのは照れるけど、でも桜の花びらに例えてるのを聞いたのは初めてだね。  やっぱり桜の花びらが相当好きなんだ。  これは期待できそう。 「あのー、急に変なこと聞いちゃうんだけどね、今、桜の花びらがいっぱい降ってるじゃん」 「うん」  山本君はうなずく。 「そのー、山本君は桜の花びらがいっぱいで嬉しいと思ってるのかなーって」 「……それが訊きたくて会いに来たのか?」 「ま、まあ……あ、アンケート調査みたいな感じだから!」 「あそう。まあ、俺としては……うっとうしいかな」 「えっ」  意外な答え。  なんでそう思うんだろう? 「俺って、桜の絵をよく描くんだ。だけど、こんだけ桜の花びらが降ったらみんな桜の花びらにうんざりするだろ? だから俺の絵もうんざりされちゃうんじゃないかって」 「なるほど……」 「実際君は、俺の絵を見てどう思うんだ?」 「えっ」  急に真剣に見つめられた。まるで大きな桜の木を前に目が動かせない感じ。 「あの、まだ実は私、山本君の絵を見たことがなくて」 「マジかよ? じゃあ見せてあげる」  山本君は机の横にかかっている大きな手提げ袋から、スケッチブックを取り出した。 「これは色鉛筆で書いた桜の花びらが舞う絵」 「すごい……!」  もう絵本の表紙とかにありそう。こんなに絵がうまいなんて……ほんとに生まれてからの年月が私と同じなのかな? 山本君って。 「ま、こんな感じ。良かったら今度君の綺麗な姿も書いてあげるよ。桜の花びらの下でね」 「あ、う、うんありがとう」  とりあえずそう返したけど……でも私じっとしてるの無理なタイプだから、絵のモデルは無理だろうなあ。    結論としては。山本君がゆめのぬいぐるみを使った可能性は、結構低そう。 「話したいことは話せたかな?」  教室に帰った私と悠希くん。悠希くんは私にそう尋ねる。 「うん。でもやっぱり、こんなに降ったら山本君でも桜の花びらに飽きちゃうのかも」 「そうだね。じゃあ、とりあえず、注意の貼り紙つくろうか」 「うんっ」 「大きさはどれくらいにする?」 「ノート二冊分くらいでいいんじゃない?」 「B 4ってことかな」 「あ、う、うん」  たぶんそれのことかな? 紙の大きさ難しい……。  それから私と悠希くんは、桜の花びらで滑りそうなところに貼る貼り紙を作っていった。  で、気づいたんだけど、悠希くん絵がうまい。多才すぎるよほんと。  私と言えば、桜の花びらを描いてみたら、ごついカニのはさみみたいになっちゃった。  なんとかピンクでぬって桜っぽさを出していく。  二人とも一枚ずつ作ったところで、お昼休みの終わりのチャイムの音。  窓の外を見れば、明るい日差しの中、透けそうな花びらが今日もどんどん降ってきていた。
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