息子

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 いくら日本人でも、私たちは店にただ食事しに来ただけの客である。人死(ひとじ)にが出ている以上、一般人ができることなどたかがしれている。私と夫は大学生に食事を()(そう)し、すぐさまホーチミンの領事館に問い合わせるよう(うなが)した。  たいした助けにもなれず気の毒だったが、あの大学生は今いったいどうしているだろう。古今東西、若者とは危ない橋を渡りたがる。そういうふうにできている。だが私は声を大にして言いたい、軽い気持ちでベトナムでバイクを乗り回すのだけはやめたほうがいいと。人生、取り返しのつかない失敗もあるんだよ。  そうこうするうち腹ははちきれそうに(ふく)らみ、やや()(すい)した。私は(いさ)んで帰国出産する手続きを整えた。これでようやく安心できる。しかしある昼、テレビ前で(ぼう)(ぜん)となった。  津波に押し流されていく車。水と炎と()(れき)と雪。折しも三月十一日、帰国予定日の五日前。東日本大震災――。 「ダメだ、絶対に帰るな、今あんな(あぶ)ない国に行ったら死んでしまう!!」
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