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例年ならば、もうとっくに梅雨入りしているこの時期。
今年の梅雨前線はなかなか北上してこなくて、天からの恵みの雨は待てど暮らせど降ってこず、この天候がもたらすであろう影響についてのニュースは朝イチから異様な盛り上がりを見せていた。
一体何日、同じニュースを聞けばいいのだろう。
ちょっぴりの“ウンザリ”を玄関に置いて高校へと向かった。
こればかりはお天道様の気分次第だから仕方がない、と半ば諦めムードではあるとしても、何しろ暑い。腹が立つほどカラリと晴れた空をにらみ上げる。
そんなことしたって敵いはしないけれど。
敵わないと分かっているから、私はただ、今日も今日とて園芸部の部長――部員は一人なのだけど――その責務である花壇の水やりを抜かりなく遂行する。
そんなちっぽけな対抗心を燃やしてみて平静を装う。ドキドキと音を立てて徐々に上がってくる心拍数には気づかないフリをする。
「おす」
ドキリ、と、心臓が一度大きく跳ねた。
声だけで分かる。頭に浮かんだ人が後ろにいる。
背中にかけられた声にゆっくりと振りかえると、夏服の爽やかさに少しの目眩を覚えた。
もちろん、自分も着ているのだけれど。
「た、環、おはよ」
名前を噛んでしまったことに焦ったけれど、彼は気づかなかったのか、気づかないフリをしてくれたのか、空を一度見上げて首を傾げてみせた。
「何見てたの。鳥? 飛行機?」
「えっと、……空」
「あはは。まあ、空だな。空になにか用だった?」
環は私のすぐ横に並び、校舎へ向かって一緒に歩き出した。ただでさえ暑いのに余計に熱が上がる。
彼は、一年生の時にたまたま同クラで、たまたま席が隣で、たまたま意気投合した、環なのだけど。
「あ、雨がね、降らないなって」
会話が途切れないようにと、咄嗟に探した話題はやっぱり天気のことで。
ついさっき、オテンキノニュースウンザリとか思ってすみませんでした、と誰に向かってでもなく謝罪した。
「……ああ、まあ、そうだなー」
「今年は梅雨がすぐ開けちゃうかもって」
「……あー、そうかもなー」
環の、心ここにあらずな返答。
私も心ここにあらずだからおあいこだけど。
二十センチくらい上の、刈り上げられた襟足を見上げながら、声が上ずらないよう、なるべくいつもの自分を装う。
「こ、このままじゃ、干からびちゃうね」
「なにが?」
「なにがって、植物とか農作物。今朝のニュース見なかった?」
私園芸部の部長ですし。違和感なしでしょ。
「んなこと心配したってしょうがないっしょ」
あれ、環の言い方が、少しぶっきらぼうになっている。
「んなことって……」
「んなこと、だろ?」
「んなこと、じゃないよ。大事なことだよ。私は園芸部の部長として……」
しまった、と思った。『大事なこと』って自分で言葉にしておいて、顔がだんだん熱くなってくるから世話はない。
環が立ち止まって、意味ありげな視線をこちらに投げかけてきた。
本当は分かってる。
彼の心ここにあらず、も、ぶっきらぼう、も、その投げかける痛いくらいの視線も。
その理由は全部分かってるよ。
環に『好きだから付き合ってほしいんだけど』と言われたのは、つい昨日のこと。園芸部の部長として、放課後せっせと花壇に水を撒いている時に、不意にだった。
ザァと音をたてながらホースから勢いよく出る水道水を眺めながら、私はその『大事なこと』に対して首を縦にも横にも振らなかった。
環の真っ直ぐこちらに向けた瞳と、はにかみながら零す言葉と、梅雨なんて環が吹き飛ばしたんじゃないかって思えるくらいの笑顔が弾けて、私はチラチラと、泳ぐ横目でしか彼を捉えることができなかった。
二ヶ月前、三年生になって初めて環とクラスが別々になって、ヘコんでいた矢先の告白。
嬉しくないわけなんかなかった。
はっと気づけば、あっという間に教室のスライドドアの前だ。
「じゃ、じゃあね」
「おう。あ、莉子。約束、忘れんなよ」
――――ヤクソク。
その言葉に、か、か、か、と再び顔が熱を上げる。
「う、うん……」
環はポケットに手を突っ込んでにかっと笑うと、満足そうに踵を返し隣のクラスへ入っていった。
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