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第一話「メイドの仮面」
何も聞こえない。何も見えない。太陽に手が届きそうで、手を伸ばしたら手は消えて行く。踏み出せば足が消えて、一緒に歩いていた仲間も消えた。
「ッ!?」
何時も見る。最悪の悪夢……冷や汗で濡れた服を脱ぎ捨て、そのままシャワー室に向かう。向かうまでの間、鉄のような機械音は自分が動いてると言うのを実感する。私には手足が無い。それでも、この義手と義足で何とかなる。
「0530……行くか。」
メイド服に着替え、手を黒い手袋で隠したら……さぁ、任務の時間だ。
6時になると、何時も規則正しいノックで目を覚ます。3回扉を叩いて「失礼します。」と言う透き通る声がやけに脳にささる。この感覚が嫌いだ。安眠を妨げる。
「お嬢様、お目覚めの時間です。」
優しく揺らして来るその手は、嫌いじゃない。そして、寝ぼけ眼を開けた時……その優しく微笑む笑顔のお前は嫌いじゃない。
「お前……」
「お嬢様、私はお前ではありませんよ。」
私が手を広げたら、コイツは抱き上げてくれる。髪をクシで解いて、ヘアセットをしたらクローゼットから制服を持って来た。上を着せて、スカートを履かせた、ニーソをコイツが手に取った時……
「お前、手袋を外しなさい。」
驚いた顔をしたコイツは、私から目を逸らした。私はそれを許さない。お前は、私のメイドなのだから。顔を足で押してやると……
「お嬢様、お辞め下さい。」
「どうして?何故私が辞めないといけないの?お前は私のメイドだ。私の命令を聞け。手袋を脱げ。」
「分かりました。」
コイツはやっと手袋を抜いだ。銀色に輝くその義手は、綺麗に磨きあげられている。そして、私を鏡のように反射した。その露になった義手で私にニーソを履かせると、冷たさを感じる。コイツの手から暖かさを感じる事は無い。だけど、人形のようなこの無機質さが私は好きだ。
「良くできたぞ。ご褒美をやろう。」
「お嬢様、そのご褒美は少し過激か」
「黙れ。」
コイツのうるさい口を塞いでやれば、コイツはただ受け入れるだけだ。抵抗しろと命令されない限り、コイツはただ受け入れるだけ。だから、どんなに舌をねぶり、どんなに唇を噛んでも、どんだけ唾液を飲ませても……受け入れるだけ。互いの唇から糸を引いても、口の周りを濡らしたコイツが……愛おしい……。無表情のコイツは、私のことをどう思ってるのか?頬を撫でた時、ビクッと腰が跳ねるのを見て少なからずコイツも気持ち良くなったのだろう。
「お嬢様、お時間です。」
「分かった。行くぞ。」
アスター女学院。日本各地から政治家、大企業の社長や老舗旅館の跡取りまで……日本中からお嬢様と言われる思春期の女の子達が集まる学校だ。毎朝生徒達は、メイドや侍女を連れて登校する。その中には、身の回りの世話と、身辺警護を兼ねた従者もいるのだ。
「神島様とその従者様よ。何と美しい……」
「特に従者の方……まるで人形のようですわ。」
「お名前を伺ってもよろしいかしら?良かったらお近ずきにになりたいわ。」
登校するだけで毎日この騒ぎだ。特に従者の方は、学園のお嬢様達からも人気だ。身長も高く、切れ長の目にアメジストのような紫色のような瞳。剣のように反射するかのような銀髪。そしてミステリアスで、人形のような見た目をしたその従者の名は……
「あのッ、すいません!お名前を、聞いても……よろしいでしょうか?英語の方がよろしいかしら?」
「名乗ってやれ。」
「かしこまりました。アンリと申します。こう見えて、私は日本人です。」
「あ、ありがとうございます!」
赤面して1人の女子生徒は去っていた。終始無表情だった彼女を見て、神島は少し訝しんだ。彼女は常日頃から笑わない。常に無表情で毅然としている。だが、その鉄仮面振り徹底されており、神島たまに本当に機械なんじゃないかと勘違いする。
「お前、少し表情をどうにかできないのか?」
「表情?私は、表情豊かだと自分で思っています。」
「冗談で言ってるのか?」
「冗談?」
「と、とりあえず笑ってみろ。」
ニコ……彼女の中では笑ったつもりだ。だが、神島から見たら無表情がこちらを見つめてるだけ。だから神島は、彼女の頬を両指で押し上げ笑顔を作った。
「笑うとはこうやるのだ。さっ、行くぞ。」
アスター女学院の1日の流れは、普通の学校とさほど変わらない。朝礼をして、授業をして、昼休みをして、授業を受けて、終礼をして、部活をする。少し変わった処と言えば、従者達が常に隣にいる。部活の時は、主人が所属する部活のマネージャーのような業務を行うのだ。かくいう神島も部活に所属している。サッカー部だ。
(ここでドリブルで突破すれば、ゴールを狙える!)
ピッチの上でボールを蹴って駆け上がる。後数m走れば、ゴールを狙える距離に届く。だが、後ろかスライディングで削られ、神島は転倒してしまう。
「痛いわね!ちょっと!何後ろから削ってるのよ!?」
「あらごめんなさい?顔があまりにも丸いからサッカーボールと勘違いしてしまったわ。」
金髪ショートの嫌味な女。霙 明子。大手スポーツメーカー社長の娘であり、身体能力抜群で負けず嫌い。部活のゲームとは言え、お互いの汗のかきようをみたら分かるだろう。どれだけ本気でやってるか。泥臭いスポーツのイメージがあるサッカーだが、古来より玉蹴りは貴族の遊びとして嗜まれてきた。古今東西の令嬢が集まるアスター女学院は、女子サッカー部の名門中の名門。
「喧嘩売ってる?喜んで買ってやるわよ。」
「今度は顔を削られることになるけどよろしくて?」
そして、この乱闘騒ぎを沈めるのも従者の役目だ。急いでピッチに入り2人を羽交い締めにして止める。だがアドレナリンが出た状態で、2人の熱は覚め止まない。お互い離されても、舌戦を繰り広げている。
「ブス!」
「チビ!」
「金髪高校デビュー女!」
「メスガキ!」
もはや練習所では無い。他の部活の生徒達も集まって野次馬ができている。もはや部活所で無くなった今、これはどうにかしないといけない。
「アンタ達何やってんの?メイドさん達困ってるじゃん。」
「「監督!」」
そこで仲裁に現れたのはサッカー部の監督。坂本 逸美。ボサボサの長い髪に、前髪のせいで目が見えない。だがこんな人でも監督だ。他の生徒達の目もあるし、示しがつかない。
「まぁサッカーでは良くあることだしね乱闘とか。で?アンタ達どうしたいの?」
「白黒ハッキリつけたいに決まってるでしょ!」
「そうです!こんなおチビなんかより私の方が優秀ですわ!」
(どっちが悪いとか知らんけど、後ろから削った方が悪いと思うけど……まぁ、面白そうだしいっか!)
この監督、案外性格が悪い。だが2人がどうしたいかは分かった。この2人は根っからの負けず嫌い。どっちが悪いではなく、今この2人の中ではどっちが上か決めたいのだ。
「じゃあアンタ達じゃ埒が明かないし。メイドさん達で決めたら?優秀な主の元に優秀な従者は集まるって私は思うんだよ。」
なんだその持論……普通なら誰もがそう思うだろう。だが、この2人は違う。プライドが高く、この世は自分中心に回ってると思っているエゴイスト。わがままで自己中心的で、自分が優秀であると信じて疑わない。事実、この2人は優秀だ。神島は常に成績上位。1位2位を常にキープ。霙は身体能力が高く、サッカー部以外にも他の部活を兼部している。
「お前!」
「はいお嬢様。」
「瑞希!来なさい!」
「御意。」
「「決闘よッ!」」
2人のメイド間に立つ。これから始まるのは決闘だ。この学園のメイドは、必ず手袋をつける。この国の重鎮達の娘達が集まる場所だ。何かしらの争いがあった場合、従者達が代理に行うのだ。
「えーと、明子お嬢様に使えるメイドの瑞希 梨乃です。今回はお手柔らかに。」
「アンリです。よろしくお願いします。」
学院の有名人2人の従者の決闘。その話を聞きつけて更に大量の野次馬が集まった。まるで格闘技の一大イベントかのような盛り上がり。この状況に瑞希は楽しそにしている。だが、対するアンリは無表情のまま微動だにしない。楽しみでもなく、めんど くさそうにする訳でもなく……ただ立っている。
(この人鉄仮面で有名だけど、マジで何考えてるか分からないな。まぁなんだって良いか……)
「瑞希!始めなさい!」
「はいはい。」
瑞希は右手の手袋を脱いで投げる。アンリも右手の手袋を脱いで投げると、彼女の義手が露になる。この手を見る生徒は初めての人が多いだろう。決闘なんて頻繁に行われない。普段から長袖に手袋で隠した義手を見ることは、神島以外に居ない。
「義手っすか?すげぇ!めっちゃ綺麗っすね!」
彼女の義手を見て瑞希は目を輝かせた。
サイバー感が強いその義手は、言わば男のロマンが詰め込まれている。女学院ゆえにそのカッコ良さを分かる者は少ないが、分かる者はその良さが分かる。ギィ……と、指を動かせば瑞希は子供のようにはしゃぎ出した。
「コラ!瑞希!ちゃんと仕事しなさい!」
「さーせん……これ以上怒られないように、さっさと始めましょう。」
「分かりました。」
主人から叱責が飛ぶと、ニヤケ面で軽く瑞希は謝る。対面で向かい合い、瑞希は構える。その構えはボクサーのようだ。脇を締めて、顎を守るように顔の周りに腕を置いて、姿勢を低くする。それに対してアンリは突っ立ったままだ。
(構えない?諦めてるのか?……まぁなんだって良い!義手はカッコイイけど、顎抜かれたらアンタも立ってられないっすよね!)
瑞希は高校の時にボクシングを始めた。軽い運動のつもりが、彼女には才能があった。始めて数ヶ月で上級生をKO。その後国体に出場して、優勝。このまま行けばプロになれた逸材。だが、練習試合で対戦相手を殴り殺してしまいボクシング界から追放された。彼女の持ち味は、スピードとパワー。まるで鞭のようにしなるその腕に、遠心力と握力が合わさり異常な打撃力を生んだ。
バゴン!!!!
鈍い音が鳴り響いた。これが人を殺す拳の音。だが野次馬は騒然としている。それは、近くで見ていた神島や霙、そして殴た当人も驚きを隠せない。殴られ、拳がめり込んだまま動かないのだ。
「次は私の番ですね。」
ギィ……と、機械音を立てながら拳を握る。そしてその刹那、瑞希の視界から消える。瑞希が腹部に感じる衝撃と共に彼女は再び姿を現した。一瞬身体が浮き上がり、そのまま地面に膝から崩れ吐瀉物を撒き散らす。
「大丈夫かしら瑞希?」
「す、すいません……お嬢様……」
「……とんでもない化け物ね。」
霙は瑞希に駆け寄り、彼女の背中を擦る。今の戦いを目の当たりにして、不意に【 化け物 】と言う言葉が浮かんだ。歓声に包まれる中、見下ろされる敗北感は計り知れないものだろう。一方、神島は誇らしそうにしていた。自分の従者が圧倒的な力を見せつけ勝った。それは、監督が言った優秀な主の元に優秀な従者は集まる。この言葉どおりで行けば、神島の方が優秀と言う事だ。
「これで私の方が優秀て事!分かった?」
「フン!まだたった一回勝っただけですわ。次はうちの瑞希が必ず勝ちますわ!覚悟しておいて下さい!」
悔し涙を浮かべる霙。だが、それでも毅然と振る舞う彼女を見て、従者の瑞希は申し訳なさそうにしている。そうやってピッチを去っていく2人の背中は、哀愁よりも何か熱いものを感じた。
20時を回った頃、学園は静かな喧騒と月明かりに包まれる。寮では今日の決闘で生徒達が噂をしている。ミステリアスで義手をつけた人形のような従者の話で持ち切り。決闘相手だった瑞希の周りには従者や生徒達が集まり、彼女の話に耳を傾ける。
「マジで凄かったんす!私のパンチ食らってもビクッともしないし!食らった後、少し目線を神島様に向けて……そしたら急に消えたと思ったらズドン!ありゃとんでもない化け物っすよ!」
誇らしそうに決闘して負けたことを触れ回る彼女せいも相まって、話は巡りに巡ったのだ。だが、そんな噂の当人には主人の部屋にいた。豪華に彩られた内装とは裏腹に、部屋の一角に置かれたトレーニング器具。部活に彼女がどれほど熱心に取り込んで来たか分かるだろう。
「お前、今日のは良くやった。褒めてやる。」
「お褒めの言葉を頂き、ありがとうございます。」
「パパから連絡は?」
「今の所ありません。」
「半年後には全国大会が控えているわ。パパを招待して、目の前で大活躍してやるんだから。もう寝るから、お前は好きにしなさい。」
「御意。」
主人の部屋を出れば、時刻は9時頃。消灯の時間により、生徒達は誰もいない。耳をすませばコソコソと小さな声が聞こえるが、さほど気になるものでは無い。ふと、窓から外を覗けば裏庭にサッカーボールが転がっていた。
「サッカー……」
部活に熱中し、汗を流し、努力する。毎日汗をかいて笑って怒る主人はとこか輝いていた。昔、自分も必死になっていたものがあった。だけどそれはもう過去だ。今はメイドだ。裏庭に降りて軽くボールでリフティングをする。昔は義足の扱いに苦戦したが、だいぶ慣れた。かつての手足のよりも扱い安い。50回ほど続けた時だろうか……足音が聞こえた。ボールを高く蹴り上げ、落ちてきた所をダイレクトで蹴って足音の方にボール飛んで行く。
「あっぶなッ!」
「瑞希、さん?」
「どうも〜!」
影からひょいと姿を現したのは瑞希。メイド服では無く、半袖半パンのダル着だ。ドラゴンと書かれたセンスを疑うTシャツが少し面白い。従者は常にメイド服を着てる訳では無い。24時間お嬢様達の世話をする。生徒達の寮と従者達の寮で別れている。瑞希がここを通りかかったのも、従者の寮に戻る途中だったのだろう。
「軽く一服でもして話しません?」
「構いませんけど。」
タバコを2本咥えて火をつける。吐き出す煙と共に一本相手に手渡し、共に煙を吐いた。
「アンリさんだっけ?なんでメイドなんかやってんの?そんな強いのに。」
「義手の御礼です。義手を与える代わりに、お嬢様を守れと仰せつかりました。」
「へぇ……じゃあむかし何やってたんすか?元殺し屋とか?」
「いいえ。軍に居ました。10年ほど軍に身を置いてアフガニスタンに従軍してました。」
「今じゃ珍しい戦争経験者か。」
「はい。貴方はどうしてメイドを?」
二人は時間が許す間語り合った。表情は変わらないが、声の抑揚で悪い気はしてないのを瑞希は感じている。瑞希も話した。ボクシングを始めた時のこと。試合中人を殺めてしまい追放されたこと。自暴自棄になっていた所を、霙と出会いメイドになったこと。お互いの過去だけではなく、瑞希の愚痴などを一通り聞いた所、一本の着信音が鳴る。
「失礼します。」
鳴ったのはアンリの電話。機械的に「はい」と連呼するだけで、電話の内容は分からない。それを聞く瑞希も知ろうとはしない。プライベートの事だ。知ろうとするのは野暮だ。
「すいません。私は少し用事が出来ました。」
「お疲れっす!またこうやって話しませんか?」
「えぇ。構いませんよ。……では、失礼します。」
綺麗な一礼を見せて、瑞希は彼女の背中を見送った。月明かりに残されたタバコの吸殻と缶コーヒーの空き缶。端に転がってたボールを軽く蹴ってみれば、彼女のようにリフティングはできなかった。
「こんな山奥に学校なんてあるのか?」
「あるんだよそれが。日本中のお嬢様達が集まってる。女が沢山、堪んねぇぜ。」
「楽しみにしてろ。それより仕事だ。神島グループのお嬢様攫ってくるだけで一億だ。おい新人。お前も楽しみだろ?」
「あぁ、楽しみだよ。」
ハイエース学校薄暗い山道を走る。互いに談笑しながら簡単な仕事だとタカをくくってた。だが、その時間はもう終わりだ。彼等は自分が狼だと思っている。だが、この山には……狼を餌とする、怪物がいることを。
「おい!前ッ!」
ライトで数メートル先に人がいることを気づいた。ブレーキを踏んでもぶつかる。日中なら気がつけたが、こんな薄暗い夜では気づけなかったようだ。これから仕事だってのに人を弾くのは気分が悪い。ブレーキを踏んでもこれではもう遅い。だが、それは杞憂だ。何故なら、ドガンッ!!!!車は後ろに3mほど吹っ飛び転倒する。
「クソ……おい、生きてるか?」
「なんだアイツ!」
「早く出ろ!敵襲だ。」
急いで車から這い出ると、チカチカと点灯するライトが怪物の招待を現した。
「初めまして皆様。今宵皆様の相手を仰せつかりました。どうぞよしなに。」
カツカツとローファーの音が鳴り響く。華麗な一礼を見せれば、手袋を脱いでキィ……と機械音を響かせる。
「早く撃て!」
3人の男達が銃を構え即座に発砲する。
「両脚部・加速。」
両脚の義足から繋がる神経電気経路が刺激され、ビリビリと電気を帯びた。地面を抉りとるほどの踏み込みは一瞬にして間合いを詰める。そして斜め下から突き上げるレバーブロー。男の腹部にめり込んだ瞬間、月に向かって拳が鮮血に染められ突き刺さった。グシャとひしゃげた音が聞こえたが、もはや誰も気にしてない。
「……ま、マジかよ。」
「に、逃げろ!」
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
ポタポタと血が垂れる左腕を見れば、誰もが恐怖し慄くだろう。狼を食らう怪物の力を。目の前の狼達は仲間が食われることで理解し、本能に従って逃げた。だが狼の中にも、勇猛果敢な獣が1匹。
「その紫色の目……銀色の髪。アンタ、シールズにいただろ?」
「おや?どうしてそれを。」
「俺が入隊した頃には、アフガンでアンタの話が持ち切りだった。アルカイダ兵に捕虜として捕まったけど、75人殺して生還した女。人質解放作戦や沢山の任務で結果を残し、本国では銀の重装騎士と呼ばれた英雄。だけど、とある作戦で四肢を欠損し退役したと聞いた。アメリカン・スナイパーが狙撃で160人殺したんなら、ナイト様はその新しい剣で何人殺した?」
「数は覚えてませんけど、今日で1人増えたことは分かります。」
「そうか。戦争が終わって、退屈していた。肌がピリつくあの感覚が堪んない。……付き合ってくれよファランクス。伝説に挑んでみたい。」
男は銃を捨ててナイフを逆手に持って構える。ジリジリと距離を詰め、お互いの間合いに入った刹那。動いたのは男。
(車を破壊するほどあの義手は協力、あの踏み込みも人間のものじゃない。瞬きするな。少しでも相手から目を切ったら死ぬのは俺だ。)
一進一退の攻防を繰り返し、CQC使いの猛者が戦い、鎬を削る。男はアンリの攻撃を紙一重で交わしながら、流れるようなナイフ裁きで着実に攻めている。だが、手足は義手。ダメージにはならない。頸動脈を斬るか喉を斬るか頭に突き刺すか。それに対してアンリは相手に一撃を与えれば勝てる。
(両脚・加速!)
このままでは時間がかかる。早期決着を目論んだアンリは、両脚から帯電する電気と共に一気に間合いを詰めるが、それに対して男も同時に前に突っ込んだ。何よりも教育なのは、義足の加速を拳に伝えた時の威力。たたでさえ走行中の車を拳一本で受け止めれる義手の強度。男は賭けに出た。
(あのスピードでの突進は俺もただではすまない。だけどッ!アンタもその状態で防御はできないだろ!)
一突き、心臓に突き刺せればこちらの勝ち。1秒にも満たない刹那の一瞬で決着はつく。
(取った!)
だが、男のナイフは彼女の心臓に届くことは無かった。それよりも先に、鋼鉄の右脚が男の首を跳ねた。まるで死神の鎌のように。帯電された電気の熱を男の血で冷却されることにより、右脚に付着した血が蒸発する。男は死に際に思った。
(伝説は、超えられないから伝説なんだ……。)
「任務完了。」
背後に転がる死体を置いて何時も通りの日常に戻って行く。この学院にはメイドの仮面を被った怪物が居る。主を守るために。
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