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「レオニー、この間のひなぎくの刺繍は評判が良かったわ」  生地屋の大きなテーブルの上に、レオニーが持ってきた見本の布を並べていると、店の女主人が朗らかに声をかけてきた。 「本当ですか? 良かったです」 「裾や襟元にだけ柄を持ってくれば上品に見えるから使いやすいって。お得意さまたちにあっという間に売れて、もう一反も残っていないの。また同じものを刺してほしいのだけど」 「もちろん。それに、今日はあれに似た構図のものをいくつかお持ちしたんです」  レオニーは三枚の布を次々に広げた。見本なので、売り物になる反物よりはるかに小さい、ナプキン程度の大きさのものである。  それぞれ色が違い、端から少し間隔を空けたところに、やはり別々の花を線状に刺してある。  真っ白なサテンの布には、黄色いミモザ。  柔らかな赤のシルクには、紫のジギタリス。  いちばん深い濃紺のびろうどには、純白の鈴蘭。  レオニーは刺繍職人である。  生地屋や仕立屋から注文を受け、反物や仕立て上がった衣装に、注文主と相談して決めた図柄を刺す。  ここの生地屋は、十八歳のレオニーが去年ひとり立ちしてから、ずっと懇意にしてくれている顧客のひとつだ。 「特にこのサテンが良さそうだわ。白地に黄色の花は、小さい娘さんに着せたがる奥さまがこのごろ多いから」 「じゃあ、これを最初にたくさん刺しましょうか」 「そうね。白いサテンは在庫もたくさんあったと思うから。この鈴蘭は、線ではなく丸く刺すこともできる?」 「縦横に広げるのではなくて、一ヶ所にまとめるようにですか?」 「ええ。とても清楚な雰囲気だから、身頃よりも袖にさりげなく置きたいというお客さまもいると思うのよ」 「じゃあ、紋章みたいに鈴蘭と鈴蘭を向かいあわせてみましょうか。こんなふうに」  レオニーはいつも持ち歩いているスケッチブックと色鉛筆を広げ、手早く鈴蘭の絵を描いた。二輪を左右に並べ、内側に丸く曲げ、ちょうど鈴蘭が互いにお辞儀をしているような絵面になる。 「そう――まさにこんな感じ」 「じゃあ、次に来る時にその見本も持ってきますね。こっちの、寝かせた鈴蘭は保留ということで」 「いいえ。これはこれでお願いしたいわ。とても可愛らしいもの」 「ありがとうございます。じゃあ、前回のひなぎくの追加と、新しくお見せした三種類ですね」 「生地の在庫を確認してくるわね。――いつも助かるわ、レオニー。こちらの希望を正確に汲みとってくれて」  背を向けて店の奥に行こうとした女主人が、振り向いてにこやかに告げた。  レオニーは商人の笑みを浮かべて応える。  褒められているのに、純粋に嬉しいと思えない自分に気がつきながら。
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