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「わたしも一緒に歌っていいですか」
「もちろんだ」
「ヴィレムセン卿もよろしかったらご一緒にどうぞ」
「おれはいい。歌うのは構わないが手もとが狂わないように頼む」
レオニーとヨリックは目をあわせて笑い、ふたり同時に同じ歌を口ずさんだ。
鷹が飛んだ 鷹が消えた
針で刺したらいなくなった
レオニーは針を動かし続けた。
ヨリックが描いた鷹はみごとだった。その鷹に色を与えていくように、糸を刺しては引き、刺しては引き、燃える夕陽のような赤を生成りの布の上に浮かび上がらせる。
鷹がとまった 鷹が消えた
糸に隠れていなくなった
一針ごとに、残りの糸は当然ながら短くなる。不安は感じなかった。ちょうど刺し終わるのと同時に糸を使いきれるはずだ。
できるだけ早く終えたかった。歌で気分を押し上げていても、ヨリックにとって心労に満ちた時間には違いないだろうから。
早く正確に刺すのはレオニーの得意だ。顧客たちにもそれを買われ、多くの仕事を勝ち取ってきたのだから。
鷹が飛んだ 鷹が消えた
針で刺したらいなくなった
鷹がとまった 鷹が消えた
糸に隠れていなくなった
最後の一針を引き抜くと、レオニーは糸どめをしてわずかに残った糸を切った。
もう片方の糸の端は、輪の形になって目の前の椅子の上に残っていた。輪から伸びている部分をあわせてもおそらくレオニーの片腕ほどの長さだ。もう鷹を刺繍することはないだろう。
それを腕に巻いていたヨリックの姿は、椅子の上から消えていた。
アンネマリーが言ったとおりだ。
レオニーは大きく息を吐き出した。やはり自分でも意識せず身を強ばらせていたらしい。
「……終わったのか?」
沈黙に耐えきれなくなったのか、マリヌスが部屋の隅から声をかけてきた。
「終わりました。成功です」
レオニーはマリヌスに微笑みかけ、生成りの布を刺繍枠から外すと、慎重に椅子から立ち上がった。完成した鷹の刺繍を両手で捧げ持つようにして。
赤の糸で刺繍されたそれには、ヨリック自身が宿っている。
王家の人間の手首に赤の糸を巻きつけ、王家の象徴である鷹を刺繍することで、刺繍にその人間のすべてが乗り移る。乗り移った側の人間は姿を消し、意識を失う。
それがアンネマリーの教えてくれた魔術だった。アンネマリーは三十年前、同じ方法で国王の身を匿った。
「どうぞ。お手に取ってください」
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