18

3/5
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/57ページ
「わたしも一緒に歌っていいですか」 「もちろんだ」 「ヴィレムセン卿もよろしかったらご一緒にどうぞ」 「おれはいい。歌うのは構わないが手もとが狂わないように頼む」  レオニーとヨリックは目をあわせて笑い、ふたり同時に同じ歌を口ずさんだ。  鷹が飛んだ 鷹が消えた  針で刺したらいなくなった  レオニーは針を動かし続けた。  ヨリックが描いた鷹はみごとだった。その鷹に色を与えていくように、糸を刺しては引き、刺しては引き、燃える夕陽のような赤を生成りの布の上に浮かび上がらせる。  鷹がとまった 鷹が消えた  糸に隠れていなくなった  一針ごとに、残りの糸は当然ながら短くなる。不安は感じなかった。ちょうど刺し終わるのと同時に糸を使いきれるはずだ。  できるだけ早く終えたかった。歌で気分を押し上げていても、ヨリックにとって心労に満ちた時間には違いないだろうから。  早く正確に刺すのはレオニーの得意だ。顧客たちにもそれを買われ、多くの仕事を勝ち取ってきたのだから。  鷹が飛んだ 鷹が消えた  針で刺したらいなくなった  鷹がとまった 鷹が消えた  糸に隠れていなくなった  最後の一針を引き抜くと、レオニーは糸どめをしてわずかに残った糸を切った。  もう片方の糸の端は、輪の形になって目の前の椅子の上に残っていた。輪から伸びている部分をあわせてもおそらくレオニーの片腕ほどの長さだ。もう鷹を刺繍することはないだろう。  それを腕に巻いていたヨリックの姿は、椅子の上から消えていた。  アンネマリーが言ったとおりだ。  レオニーは大きく息を吐き出した。やはり自分でも意識せず身を強ばらせていたらしい。 「……終わったのか?」  沈黙に耐えきれなくなったのか、マリヌスが部屋の隅から声をかけてきた。 「終わりました。成功です」  レオニーはマリヌスに微笑みかけ、生成りの布を刺繍枠から外すと、慎重に椅子から立ち上がった。完成した鷹の刺繍を両手で捧げ持つようにして。  赤の糸で刺繍されたそれには、ヨリック自身が宿っている。  王家の人間の手首に赤の糸を巻きつけ、王家の象徴である鷹を刺繍することで、刺繍にその人間のすべてが乗り移る。乗り移った側の人間は姿を消し、意識を失う。  それがアンネマリーの教えてくれた魔術だった。アンネマリーは三十年前、同じ方法で国王の身を匿った。 「どうぞ。お手に取ってください」
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!