三 「君がそこまで言うのなら」37

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三 「君がそこまで言うのなら」37

 しばらくは心配事がなくなったと安心していましたが、次の腰掛け課長が彼女に辛く当たりましてね。  上司たる者、自らの判断能力で部下をみて、良き方向へ誘引するべきなのに、他人の噂だけで偏見を持ち、部下を見下して毛嫌いするなんて、とんでもないやつです。  トップが職場の雰囲気を作り上げてしまうことはよくあることです。職場内での不協和音が息を吹き返したのです。昔の境遇や孤独な運命の存在を誇示し続けているようでした。前の部下からのメールで知ったので、心配になって彼女にメールをしました。 「特になんてことのない毎日ですよ」  彼女はあっけらかんとして元気でした。なんとも思っていないようでした。私の気苦労は必要なかった。ほっとして思わず笑ってしまいました。  杉田さんが彼女に対する思いの告白に終止符を打ちました。  杉田さんは自分のことについて告白をした。 「今回のことで、私は結婚生活には向いてない人間なんだとつくづく思いました。仕事に邁進し続け、家庭を顧みなかった。仕事と家庭、私は二つのことが出来ないタイプの人間なんです」  杉田さんの声には乱れがない。杉田さんの言葉に穏やかさを感じたのは私の勘違いだろうか。  ふと、テレビの横にあるラックに目が行った。  世界的に有名なアニメ映画のDVDが並べられていることに驚きを覚えた。 「アニメが好きなんですか」と訊ねると、「なにも考えずにぼんやりと眺めらていられるので、とても気持ちが落ち着くんですよ。以前の私なら望みもしなかったことですが、ぼうとする時間が好きなんです。なんとなく過ごすといった感じがね」と優しく笑った。  杉田さんが心から望んでいたのは、会社に戻ることではなく、単純に穏やかに過ごせる時間がほしかったのではないかと、私は感じずにはいられなかった。
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