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四 「一緒にいられることが楽しい」4
切実に知りたいと思うのは確かなことだ。
「腑に落ちないような顔つきですね」と彼女が微笑んだ。続けて話し始めた。
「堂々巡りの話をしても時間の無駄ですから申し上げますが、私には好きな人がいます。杉田さんとは違う、異性としての思いです。これで満足いただけたでしょうか」
「満足とかではなくて、事実を知りたいと思っていました。その人はどんな方ですか」
「名前は申し上げられませんが、今では彼のことを好きだと、自分でもはっきりわかっています」
「あの、『今では』と言ったのはどういうことですか」
彼女は思いを寄せる人について、詳しく話をしてくれた。
初めて彼と出会った日、彼女は彼のことをとても懐かしい人に出会ったような気持ちを抱いたようだ。杉田さんと出会ったときの印象と同じだという。初めは自分の心が弱っているから、人恋しさから懐かしさを感じたのかもと思っていたのですが、そうでもなかったという。声をかけてきたのは彼からだ。あいさつ程度の会話から励ましの言葉をかけてくれるようになったらしい。
「いつもこつこつとがんばっているね」
「雑談をするでもなく、黙々と仕事に向き合っているね」
「あなたは他人に対して思いやりのある人なんですね」
と快い言葉が送られてくる。杉田さんとの会話と同じパターンだ。
彼女の気持ちの変化は誰にも悟られないように噯にも出さなかったが、次第に彼に対して好感を抱き、表情にも強張りがとれていき、警戒心が薄れていったという。
毎日、短い会話もできるようになった。
彼はそのうち彼女を食事に誘うようにもなったという。もちろん彼女は拒絶した。彼はめげずに彼女に話しかけてくる。
以前、チャラ男が彼女を誘って、むげなく断ったエピソードを思い出した。彼女も、最初は同じように思っていたらしい。
しかし、チャラ男とはどこか違う気がした。接し方に軽さが感じられない。真摯さが伝わってくる気がした。
簡単に言えば、誘われて悪い気がしなかったようだ。
彼女は杉田さんに彼のことをメールで相談した。
「悪い人だとは思わない」と杉田さんから好意的な言葉が送られてきた。
彼女は理由を訊ねた。
「私に相談を持ちかけたこと自体に彼を毛嫌いしていない事実だ」と杉田さんは伝えた。
「どうして?」
「もし、あなたが彼に嫌悪感を覚えるような人なら、彼を気に入らない人だと感じていたなら、私に訊ねるようなことをするまでもなく、普通に無視しているのではないですか」とメールが送られてきた。杉田さんは続けて、「一度、食事に行って、彼と話をしてみるのも良いことかもしれないですね」と二回目のメールを送ってきたらしい。
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