四 「一緒にいられることが楽しい」6

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四 「一緒にいられることが楽しい」6

 ある日、彼女は彼の誘いを受けて夕食に出かけた。  彼が彼女を連れて行ったお店は、おしゃれなフレンチ料理でもなければ、有名なイタリアン料理でもなく、個室のある日本食でもない。駅の近くならどこにでもあるようなチェーン店の居酒屋だ。彼女は見知らぬ客の喧騒の中で二時間ほど過ごしたらしい。  その日の晩、彼女は杉田さんにメールで報告をする。 「今日は騒がしい居酒屋に連れて行ってもらいました。レストランのようなお店に連れて行かれるのかと想像していたのですが違いました」  第一報のメールから杉田さんとのやり取りが続く。 「おいしかったですか」、「おいしかったです」 「人目を気にしましたか」、「気になりませんでした」 「好きな物を選べましたか」、「自分の食べたいものを注文しました」 「会話は仕事の話ですか」、「仕事の話は一切なかったです。話題の豊富な方でした」 「お酒を飲む方でしたか」、「特に気になりませんでした」 「上品なお店の方が良かったですか」、「気構えずにすんでかえって良かったです」 「では、結果オーライなのでは」、「そうですね」  彼女は愚痴るつもりでメールをし、杉田さんから同意の文句でも言ってほしいと望んでいたのだが、自分は悪い気がしていなくて、納得している会話が続いたという。 「結局は結果オーライなのです。彼はあなたが周りに気を遣わなくても良いように、あえて居酒屋を選んだのでは。気取らなくても自然体で居られる場所を選んだのでしょう」  彼女は杉田さんの説明を聞いて、素直に納得したという。
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