四 「一緒にいられることが楽しい」10

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四 「一緒にいられることが楽しい」10

 確かに杉田さんの言うとおりだ。  たとえば、アイドルのファンが、握手会などを通して、アイドルの身近な存在になっていることは現在の風潮でもある。その反面、自分の思いをすべて思い通りに受け入れられると勘違いしている。アイドルのファンは、あくまでも大多数の内のいちファンであり、アイドルは固有になり得ないし、もちろん恋人でもない。度が過ぎた好意は受け止められないのは常識だろう。しかしながら、ゲームになれた感覚というべきか、ネット感覚というべきか、自分が気に入らない言動や行為に直面すると、思い通りに行かない結果に逆ギレして、好意をリセットして、突然、憎悪に変化する。真逆の感情が支配する。かわいさ余って憎さ百倍となる行為。プレゼントを拒否されたファンの暴力行為がそうであるように、一途と犯罪行為は紙一重である。自分の思い通りになる人間なんて、この世には存在しないという現実など考えもしない。空想の中に存在する感情が狂気の行動に駆り立てる。とても怖い社会現象だと思う。  しかし、と私は考える。  彼女の話では、彼に対して恐怖を感じているのではなく、感謝の気持ちを抱いたように受け取れた。  実際、彼女は彼に好意を抱いているはずなのに、どうして、このときは彼の好意に対して、自分の助けを求めるような内容にすり替えて杉田さんに伝えたのだろうか。  彼女の真意を知らない杉田さんは、当然彼女のことを心配するだろう。  彼女は自分に対する杉田さんの気持ちを確かめたのだろうか。  杉田さんの思いがほしくて、杉田さんの愛情を感じる言葉がほしくて、杉田さんに守ってほしくて、彼女は真逆の状況や嘘の立場を伝えたのだろうか。  もしかして、杉田さんに焼き餅でも焼かそうとしたのだろうか。  彼女の本意がわかならい。私には理解できない。でも、ここで彼女の気持ちを問い質して、彼女の話を中断するわけにはいかない。最後まで、すべてを聞き終えるまでは、まだ話を区切るわけにはいかない。少なくとも杉田さんは彼女の相談に対して辛抱強く受け止めたのだから。私は彼女の話を最後まで聞き取ることに徹した。  そのあと、彼女は心変わりというべきか、彼女の内意を杉田さんに打ち明けていくことになる。
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