一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」12

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一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」12

 彼女がインスタントなら紅茶がありますから淹れますと腰を上げた。  お湯が沸く間、彼女はキッチンを離れない。  私は腰を落ち着けたまま何度も部屋を眺め回した。観るものが少なくて回転が速い。またぐるりと見回す。手持ちぶさたとはこのことだ。数分間なのに待ち時間が苦痛だ。  彼女が紅茶を手ぼんで運んでくる。私にはコーヒーカップを、彼女は湯飲み茶碗を手前に置いた。ケーキ用のお皿はない。そのままケーキを取り出してこたつの上に置いた。コンビニでいただくようなプラスチックのスプーンでケーキを食べる。 「なんにもない部屋でしょ」  突然彼女が言葉を口にした。私は口に含んだばかりのケーキを飲み込んで、いえそんなと返事をした。 「そんなに気を遣わないでください。みすぼらしい部屋ですから」  彼女はそう言ってかすかに笑った。 「倹約とか節約をしているのですか」 「いろいろ工面しなければならないことがありますので」 「工面と言うとどんな理由ですか」私はさらに訊ねた。 「私には大学の奨学金制度の貸与がありましたので、十年間返済に負われてました。あと家賃で毎月五万円を支払っていますし、家への仕送りもありましたから、生活をしていくのが大変でした」 「苦学生だったんですね」と私は言えば、「そんな聞こえの良いものではありません」彼女が謙遜(けんそん)した。 「でも、今でも家に仕送りまでしているとは家族思いなんですね」と言ったとき、彼女が若干表情を曇らせ、「ただそれだけのことですから」と言って彼女が目をそらす。 「私は、大学を卒業するまで親に面倒を見てもらっていたし、今でも家にお金を入れることなどしていませんから、立派ですね」と、正直、頭が下がる思いで恥ずかしくなった。  彼女は静かな声で、「生活をしていくためには働かなければなりません。仕事をしなければお給料をいただけません。生きていくためには仕方のないことです」と彼女は「当然のこと」ではなく「仕方のないこと」と表現した
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