四 「一緒にいられることが楽しい」25

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四 「一緒にいられることが楽しい」25

 彼女には、優しさ、思いやり、繊細(せんさい)な心遣い、親切なふるまいはもちろんのことですが、とても慈悲(じひ)(ぶか)いところもあります。たとえば彼女が手を差し伸べたなら、(すく)った水がとても冷たくても、彼女は手を離して(こぼ)したりしない。簡単に自らの意思で捨てたりしない人です。  せめぎ合う街で流れに巻き込まれて生きていると、心がすり減ってくるのを実感するときがあります。  どうしてあんな風にきつい言い方をしたのだろう。むきになって自分の意思を押し通したのだろう。もっと相手の言い分を聞けば良かった。感情が乱れたときは後悔をします。  そんなとき、僕は彼女と話をすると、自分の行いが許されたような、自分が救われたような気がして、とても楽な気持ちになれるんです。無理矢理背負った荷物を肩から外してくれます。  あなたはまだ気づいていないようですね。椎名先生が彼女に友人ができたと打ち明けた相手は、僕のことではなく、杉田さんのことでもなく、杉田美智子さんのことです。  杉田さんが左遷(させん)されて他県へ異動した。杉田さんが一番気に病んだのは美智子さんのことです。元気な人だと思いますが、やはりもう高齢ですからね。いつもそばにいられないから心配になります。  彼女は杉田さんの気持ちを察して、美智子さんの様子を見るために定期的に家を訪ねています。  一度、彼女が美智子さんの家を訪ねたとき、美智子さんが熱中症の症状をおこし、熱失神のめまいで倒れたことがあります。高齢になると筋肉が落ち、体に水分が補給されにくくなります。また、暑さに鈍感になり、気づかないうちに体が脱水状態になっていたのです。急にふらふらとして身体の力が抜けていく。美智子さんが台所で寝そべるような形で倒れた。ちょうどそのとき、彼女が倒れている美智子さんを見つけ、すぐに救急車をよんだ。発見が早くて、水分補給も素早く対応できたので、大事には至りませんでした。運ばれた病院で点滴を打ち、しばらく様子を見ることになりました。彼女の連絡を受け、杉田さんはすぐに駆けつけました。杉田さんは彼女が祖母のために様子をうかがいに行ってくれてたことを初めて知ったそうです。杉田さんは彼女にとても感謝しました。
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