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四 「一緒にいられることが楽しい」32
最後にひとつ疑問が残っている。
誰が二人の関係を噂に流して、落とし入れようとしたのか。
噂を流した張本人にはどんな利益があったのだろうか。
目的は一体なんだったのか。
まったくわからない。
噂の出所と真の目的はなんなのかは、あなたには突き止めることはできないでしょう。事は単純ではないはずです。なにか大きな力が関係しているはずです。これ以上、この件に関わることは止めた方があなたのためだと思います。あなたは二人の関係に噂のような事実がなかったと上司に報告するだけでいいでしょう。なにもそんなに驚いた顔をしなくてもいいでしょ。あなたが興味本位だけで二人の関係に興味を持って近づいてきたとは誰も思っていません。ですが、あなたに解決できることではありません。ここから先は僕に任せてくださいと彼から釘を刺された。
私は一瞬どういうことなのか理解できなかった。
彼女と杉田さんと神崎さんと私の存在が脳裏を駆け巡る。急に、ちぐはぐな顔ぶれに思えてきた。真意がつかめない。
私はどういうことか理由を訊ねた。
この件を調べているのは私だけではないことを教えてくれた。
彼はしばらく彼女と同じ職場で勤務したが、ある人から二人の件に関して調べるように命令された。彼は彼女のこともあり、一度は断った。それでも彼が適任だと判断されて、他の部に異動させられた。もうすぐ真実にたどり着くところまで来ているそうだ。
私は会長の顔が浮かんだ。
彼が席を立って会計をすませようとした。私は彼のうしろに付き、半分支払おうとした。彼は自分から誘ったから、今日は自分が支払うと言ってくれた。お店を出て別れることになった。なんとなくこのまま帰ってしまうのも惜しい気がした。私は彼の背中が消えるまで見つめた。
私はきびすを返して駅に向かった。
信号待ちの時間、私はほんとうにひとりぼっちになったのではないかと寂寥感が襲った。
私の使命はこれで終わったのだと言わんばかりに彼が話を終えた。
彼女と杉田さんの関係について調べればいいだけ。当初の目的は達成できたはずだ。なのに私の胸の中ではもやもやした霧で取り巻かれている。なぜかすっきりしない。心が晴れない。もっと、彼女のことを知りたいという気持ちが、抑えきれないほど大きくなってくる。なぜ彼女にこだわり続けているのか、自分でも気がかりの真意がわからない。思いが強くなる一方で、どんどん心細くなってくる。
もうこれでいいのでは。いやまだまだ知らないことが多すぎる。
彼女はこれで幸せになれるのだろうか。彼女の力になりたい。果たして私みたいな人間でもいいのだろうか。様々な思いが錯綜する。足取りが重くて、まっすぐ歩けない状態に気づいた。やっとの思いで部屋まで帰ってこられた。洗面所で顔を洗った。私は憔悴しきった顔をしていた。
私たちは共同体だと思い上がっていた鼻先を見事にへし折られた。
私はまだ彼女の中にいない。
噂話のほとりを歩いていたに過ぎないのだ。
私は彼女と人として向き合えるようになりたいと望んだ。気づかないうちに私は泣いていた。
【第四話:了】(次回の第五話は最終話となります。)
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