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一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」14
ケーキを食べ終えた頃、私たちの緊張した雰囲気がほぐれてきたので私は本題に入った。
「今日こちらに来させていただいたのは、杉田さんとのことに関してお話を聞かせていただきたかったからです」
彼女は杉田さんの名前を聞いた途端に表情を曇らせた。
「今更そんなことを、もうすんだことですから。これ以上、杉田さんに迷惑をかけるわけにもいきませんので、その件に関してはお話しすることはなにもありません」
彼女はきっぱりと言い切った。
「私はあなた方を、また処罰するために来たのではありません。その逆です。実は杉田さんとあなたのことについて、疑問を抱いてる方がいます。杉田さんはそんなことをする人とは思えないので真実を知りたいと」
「当然です。杉田さんはそんな人ではありません。なのにどうしてあんなことになったのか理解できません」
「おっしゃるとおりです。杉田さんは上司として、とても評判の良い方です。ですから事情や背景などを詳しく調べ直さなければと、これは杉田さんの名誉挽回のためです」
「お話の真意はわかりました。会社にもちゃんと見てくれている人や見ようとしている人がいると知って安心しました。でもお話をすることはなにもありません」
「あなたの思いも理解できます。でも、あの件の真実が明らかになれば、杉田さんを本社に戻すことだってできるかもしれません。私はあなた方の味方なんです」
「あなたの立場は理解できました。そしてとても偉い方が関わっているということも理解できます。その方が会社の中でとても力を持った人物だということも想像できます」
私はどうしてそう思うのかを訊ねた。
「各部の部長クラスならば、こんな調査にいち社員を専念させるような対応などできません。人事部でも考えないことです。処罰はすんでいます。それでも人事部の決定を差し置いて命令ができる人。決定したことを覆せる人。それほど会社での地位が上にいる方の命令だということです」
私は彼女の名答を聞いて、この人は頭が良いと感じた。それなのに私は迂闊な言葉を発してしまった。
「私はあなた方に好意を抱きました。それ以上にあなたという人間に興味を持ったと言っても嘘ではありません。私はあなた方のことを」とそこまで言ったとき、彼女にピシャリと閉じられてしまった。
「それは、私たちを救ってあげるからと、上から目線の発言としか受け取れません。バカにしないでください。あなたは、一体私のなにを知っているというのですか。あなたとは今日初めてお話をしたのですよ。人が興味を抱き、好意を持つには時間が必要です。たかだかプロフィール程度の情報しか知り得ない人が、簡単に好意などと表現しないでください。あなたは私のことをなにひとつ知らないでしょ。なにも理解できていない人に、心の中へ土足で入り込まれたくありません。そんなあなたとこれ以上お話をする気はありません。今すぐ出て行ってください。もう帰ってください」
「そういうつもりではなかったのです。私は二人の味方なんです。機嫌を損ねたのならば謝ります。すみません。許してください」
私は何度も謝ったが、彼女の怒りはおさまらず、私の腕を引っ張り上げて玄関まで移動させ、私を部屋の外へ押しだされた。
「あなたの助けは必要ありません。私はちゃんと生きています。もう二度と来ないでください」と私に遮断した言葉を投げつけ、彼女がドアを力強く閉めた。
私は玄関の前で呆然と立ち尽くした。
だから私には無理だって言ったのに……。
再度、ドアをノックする勇気はなかった。
しばらくして、私は全身の力を落とした姿で彼女の部屋らから遠ざかった。
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