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五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」11
私は自分の部屋に戻って報告書を読み返しながら再思した。
どうしても気がかりになることが脳裏のすみっこにこびり付いて離れない。
杉田さんならば、俯瞰した位置から物事を見つめ、あらゆる事を考慮した上で、創見を聞かせてもらえると判断して電話連絡をした。返事はあっさりしたものだ。
「申し訳ないが、あなたの力にはなれない。この件に関して、私は当事者だからね。私が首を突っ込んでも、自己保身と捉えられて、印象が悪いだけでなく、また事実をねじ曲げられてしまう。それと、また彼女を巻き込んでしまうことになる。それだけはさけて、彼女だけは守らなければならない。それにもう終わったことですよ。私はすべてを受け入れて、今の状況があります。今更あのことを蒸し返して、じたばたするのはみっともないことだと思います。お願いです。これ以上、彼女を巻き込まないでください」
杉田さんとは、世間話の寄り道もなく、丁重な言葉遣いだが、最初から最後まで一貫してきっぱりと断られ、すぐに電話を切られた。
反論はもちろんのこと、しつこく食い下がることもできない。
杉田さんからはどんなことがあっても彼女だけは守りたい。最優先の切なる思いが伝わってきた。
杉田さんに頼るのはあきらめることにした。
当然、彼女にも聞けない。
ならばと思いつき、神崎さんに電話をかけたけど、留守電になっていて、電話がつながらない。
もしかして、事情を知っていて、あえて電話に出ないのかも。
私はどうすればいいのだろう。
このまま会長に言われたとおり、黙って引き下がり、ふつふつと疑念を持ち続け、なりをひそめなければならないのだろうか。
善意ある誰かが、良き方向へ導いてくれると、なんの根拠も保証もない気休めに自分を誤魔化して事態を静観するしかないのだろうか。
じりじりしたいらだちがこみあげてくる。
「でも、どうしようもないじゃない」
私は力なくつぶやいた。
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