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五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」16
私は彼女の笑顔を見ながらお昼休みを過ごそうと思って職場まで行った。
彼女の顔つきが暗かった。私はなにかあったのか訊ねた。詳しい話は今晩。彼女の返答は短かった。会社では話せない内容だとすぐに理解した。
就業時間を過ぎるとすぐに彼女の部屋へと向かった。
外食をしながら話せないだろうと考え、牛丼をお土産に買った。
彼女は部屋にいた。
彼女の雰囲気が出会った当初と同じ感じだ。
打ち明け話は食事のあとにした。
金曜日の夜、彼女は神崎さんとクラブのようなお店に行ったらしい。
ガンガンと音楽が鳴り響き、他のお客の会話など聞こえないほどにぎやかなお店だ。リズムに合わせて踊っている若者もいる。喧騒がひとつにまとまって身体に振動が伝わるほど大きくなっていく。
他人の喧騒も悪くないときもあるんだよ。誰も僕たちに関心を持たない。気にしない。だから僕たちも周りを気にせずに話ができる。喧騒がひとつになってうねっていても、隣の客には誰も興味を持っていない。見た目とは違い、ここでは人が集まっていても、孤立した個々が存在するから。という説明であったけれど、彼女は半時間もすると気分が悪くなったらしい。
「ごめん、過激すぎたようだ。お店を選び間違えた。もっと静かな場所に行こう」
神崎さんがそう言って彼女の両肩を両手で支えてお店の出口に向かった。酔っぱらっている若者が彼女にぶつかった。
「わりい、わりい」
若者は背中を向けたまま言葉だけで謝った。
「なにやってんのよ。あんたは」
若い女の苛立つ声がした。
彼女がちらっと女の顔を見て身体が固まった。相手が、げっ。と声をもらして気まずい表情を作り上げた。
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