五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」20

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五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」20

 次の土曜日、私たちは一緒に美智子さんお(うち)へ行くことにした。  彼女は、先日、妹と偶然出くわしたことを美智子さんに伝えたかったのだろう。そう思ってはいても、内心は心細かったのだと思う。なにげない(ふう)をよそおいながら、彼女は私を誘ってきた。突然なのと、頼られた意外さで、一瞬、躊躇(ちゅうちょ)したように驚いて、すぐに返事はできなかった。 「いやですか」と彼女に訊かれ、 「いえいえ、いやじゃないけど、誘われたことにびっくりして、声が出なかっただけ。気持ちはとてもうれしいです。本音を言えば、前々から一緒に行きたいとずっと思っていました。でも、あなたの楽しみにお邪魔しては悪いと思って言えずにいただけです。そう、なら一緒に行きましょう」  彼女はほっとした表情を浮かべた。  彼女と話す機会が増えて、友達気分でいられることをうれしく思っていた。けど、実際、私ばかりではなく、彼女からも誘ってくれたことに喜びが増した。  私の望みに対して、受動態の彼女が能動態になっていく。交友関係にまた一歩踏み込むことができた。  しかし、気になっていることがひとつある。  あの日以来、彼女は神崎さんと会っていないのではないかと思えることだ。せっかくのデートなのに家族との醜態(しゅうたい)をさらすことになって、気まずさからなのか、意識的に避けているように思える。  彼女は妹の生活ぶりを目の当たりにして、汗ばむことのない速さで歩いてきた人生を、急に走り出したい衝動に()られて、思いの(たけ)をぶちまけたのだろう。  誰だってけんかをしたあとは、どうしてあんなに怒ってしまったのだろう。どうしてあんな酷いことを言ってしまったのだろう。と後悔をして、数日は自己嫌悪に落ち込むことがある。みんな経験しているはずだ。彼女だけではない。初めて家族に対して感情を(あら)わにして、恥ずかしいやらみっともないやらで、どう対処していいのかわからなくなるのも無理はない。  でも、私が思うに、神崎さんなら、妹とのトラブルを目の当たりにしたところで、あまり気にしていないはずだ。妹は妹。彼女は彼女。と割り切って彼女との接し方を考えてくれる人だ。彼女に対してはとても大きな包容力で見守っていると断言できる。だからそんなに心配しなくてもいいよ。今まで通り仲良くやっていけるから。彼女がいつまでも負い目のような(わだかま)りを発酵させ続けているのなら、私がきっぱりと払拭(ふっしょく)してあげる気構(きがま)えはできている。
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