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五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」22
あの日以来、平穏無事に過ごしている。
私たちはなにかと理由をつけて、いそいそと会社をあとにして、一緒にいる時間を作った。彼女も私と過ごす時間が、気が重くなる仕事を一時でも忘れられて、気を紛らわせているようだ。少しずつだが、彼女はいつもの彼女に戻っている気がした。彼女が声を弾ませて笑うこともある。一安心だ。聞くところによると、彼女はどうやら家族への仕送りもやめたらしい。美智子さんのアドバイスを行動に移したのだ。これで彼女の生活にも余裕ができるはずだ。いいことだ。
あと私が気がかりになっていたことは、彼女と神崎さんの関係だ。
彼女は神崎さんとのことを未だに口にしないけれど、こちらからドアを叩く必要はない。彼女の意思で心の中を見せてくれるまで待てばいいのだと、確かめたい気持ちを押さえた。
ある日、いつものように会社の前で待ち合わせをして、私が先に待っていた。妙な景観に違和感を覚えた。普段いるはずのない格好をした男が数人ほど、スマホを手に持ち、その場で佇んでいる。
リュックサックを背負った三十代くらいにみえる私服の男。
同じ私服の格好で二十代くらいに見える男。この人は荷物も持たず、スマホだけをじっと見つめている。
あと一人、四十代のサラリーマン風の中年男だ。
彼らが共通している行動と仕草は、スマホをいじりながら、会社から出てくる女性社員の顔を眺めていることだ。
なにが始まろうとしているのか、不気味さを感じた。こんな会社の出口で、アイドルの握手会などあるはずがない。
私は気味が悪くなって、少し離れた位置に移動した。
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