五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」25

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五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」25

 一体、なにが起こっているのか、なにが起ころうとしているのか、意味と理由がまったくみえてこない。想像すらできない。悪意というなまやさしいものではない。恨み、復讐、危害、根の深いことの恐怖を感じた。  彼女はとてもおぞましい物の怪でもみたように怯えきっている。  私がお茶を淹れようと台所に立とうとすると、どこへ行くの。と彼女は見捨てないでと助けを請うような声で言った。呼び止められた私が彼女の声に驚いたほどだ。 「大丈夫、ここはあなたの部屋よ。そして、私はどこへも行かない、だから安心して。喉が乾いたからお茶を淹れるだけ。とにかく落ち着かせましょう」  私が安心させようと言ったけど、彼女は私の袖をつかんで離さない。 「じゃあ、二人でお茶を淹れましょ」  彼女は静かにうなずいて立ち上がった。  一時間は過ぎただろうか。ようやく彼女の震えが止まったようだ。気持ちが落ち着くと、私はお腹が空いてきた。 「なにか食べ物でも買って来ようか」  彼女は顔を横に振った。まだ一人になるのが怖いらしい。 「私のそばにいてもらっていいですか」  彼女が私に目を向けて言ったあと、私の手を引いて台所まで移動した。冷蔵庫からキャベツを取り出し、千切りにする。フライパンで炒めて、カレー粉で味付けをする。隠し味に黒こしょうを少々。次に、ウインナーを半分に切って炒める。トースターでパンを焼く間に、目玉焼きを作った。焼き上がったパンに、カレー味のキャベツを敷き詰め、ウインナーを乗せて、挟むように目玉焼きを乗せた。ケチャップはお好みで。ホットドッグのような味だ。  これ、はまるかも、と思えるほどおいしかった。それに腹持ちもいい感じだ。しっかりと食べた気がする。  誰に教わったのと訊けば、美智子さんだと言う。種明かしをされて、なるほどそりゃそうだとも思う。美味しいはずだ。わかりきったことを聞かないで。そんな感じだろう。  空腹感が落ち着けば、冷静になって話もできる。  私は今から神崎さんに来てもらうようにお願いをしようと提案した。  彼女は、最初、私の提案を拒んだ。  もしかすると、明日、今日のことが噂になって広まっているかも。と過敏な(かん)ぐりを外れることに期待しつつも、もしものことを考えて言ったのだ。と彼女に伝えた。それに、悪い噂が広まってから神崎さんが知ってしまうより、他人から知らされる前に、私たちの口から打ち明けられることの方が、神崎さんもショックを受けずにすむのでは。と説得を試みた。
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