五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」29

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五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」29

 しかし、どうして彼女ばかり、こんな酷い事に巻き込まれなければいけないのか。彼女は誰にも悪いことをしていないに。世の中に正と負の調和があったとしても、負の方が多すぎる。  神様、これは明らかに、不条理であり、理不尽であり、不平等な試練ですよ。そんなことを言ってもどうにもならないことは知っている、知ってはいるが愚痴(ぐち)りたくなる。  第三者の私より、トラブルに巻き込まれている彼女の方がずっと傷ついているはずなのに。このことを彼女には知らせてはいけない。少なくとも神崎さんが帰ってきてからの話だ。出過ぎたまねを差し控えるよう心がけた。隠し通すには強い気持ちが必要だ。顔面の筋肉が引きつって、作り笑いの表情が固いと自覚できてしまうほどだ。  人を信じたり、守ったり、支えるというのはパワーがいることなんだと知らされた。私はひたすら、神崎さんに早く帰ってきてほしいと祈った。  七時過ぎ、神崎さんがお弁当を三つ手にして姿を現した。 「まだ、食べてないのかなと思ってね。話より先に食べよう。お腹が空いた」  彼女がお茶を淹れると言って台所に向かった。  私はその隙に神崎さんに視線を送った。  神崎さんは私の気持ちを理解した上で、顔を横に振った。今はまだだめだ。話せない。と合図を送ったのだ。私は視線を下に向けた。  三人でもくもくと食べることに集中して時間を過ごした。かなり居心地が悪い。彼女が食事の後片付けをして、正座をして姿勢を整えた。私の事を気遣(きづか)わず、正直に会社での状況を教えてと言わんばかりだ。
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