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一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」17
母親に出された座布団に腰を下ろしたとき、母親の第一声は、「取材費は出るのかい」とお金の話だ。私は丁重にお詫びを言った。母親から笑顔が消えた。居心地の悪さを隠して、早々に本題に入った。
彼女の幼い頃はどんな子だったのかと訊ねたけれど、「愛嬌もくそもない子だよ」としか返事がかえってこなかった。
次に、なにが得意な子でしたか、たとえば運動とか勉強とか、と訊ねれば、「そんなお金にならないことをしたって」と返事になっていないことをぶっきらぼうに言われた。
では、娘さんはどんなことに興味を持っていましたか。と聞いてみたが、「さあねぇ、ひとのことなんか知るもんか。本人に聞きな」と他人事のように言い放った。
自分の娘なのに、娘の成長に興味がない母親。こんな受け答えじゃ、埒があかない。
私は話題を切り替えて、彼女の写真があればお借りしたいのですが。と依頼をすれば、「あの子の物なんて、この家になにひとつあるもんか。欲しけりゃ、本人からもらいな」と受け答えがめんどくさそうに言われた。一瞬、頭の中に、「ネグレクト」という言葉が浮かび、「無関心」という言葉が追いかけてきたとき、
「あの子には『家族のためにつくしなさい』と教えてきたのに」と母親が不満げに怒り口調で言った。
「でも、彼女は今でも実家に仕送りをしていますよね。感心なことだと思いますが」と私は苛立ちと憤りを押さえ込みながら反論した。
「仕送りなんて、たかが三万程度で、しけた金額しか送ってこない。お父さんの酒代にもなりゃしない」
「娘さんは、大学も奨学金制度の貸与で、すべて自分で工面して卒業したんですよね。偉いじゃないですか」
「なにが偉いんだい。学業なんて、そんなお金にもなりゃしないことにお金を使って。そんな無駄金があるなら、親に持って来いっていうんだ。育ててもらった恩っていうもんがあるだろ。あんたさ、あの子に言ってやってちょうだい。もっとお金を送ってくれるようにさ。取材費もでないんだろ」
「それはご家族の問題ですので、私にはどうにも。ご自分で伝えていただかないと」
「あんた、使えない女だねぇ。伝えろって言っても、あの子は携帯電話も持っていないからさあ、手紙でしか連絡が取れないんだよ」
私は母親の言い分を聞いて言葉に詰まった。
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