五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」34

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五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」34

 待ち合わせの場所に着くまでの間、神崎さんが犯人の手口を簡単に説明してくれた。  最初はネットカフェで悪い噂を流す。彼女の写真はスマホで撮影した。悪巧(わるだく)みが成功してスッキリするどころか、犯人の欲求はどんどんエスカレートしていく。他の場所からの誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)だけでは事足(ことた)りず、会社のパソコンまで利用するようになる。  犯人は高揚感から暗闇の底に落ち続けているような魔物に姿を変えていく。理性を失った行為が犯人の証拠として残されることになった。  経緯はわかったが、行為の根拠を聞きたい。あいつに謝罪させたい。と神崎さんが強く言う。  私はどきどきして緊張が高まってきた。  お店に入ると、背中を丸めた男が背広姿で座っている席を見つけた。たぶん、彼なのだろう。神崎さんがまっすぐ彼の席へ向かった。  私たちは彼に対峙して座った。飲み物が来てから話を始めた。 「この際、回りくどい言い方はお互いやめましょう。怪情報を流していたのはあなたですよね。今、言い逃れても、人事部はもう証拠をつかんでいますよ。まずは職務専念義務違反になる。私用で会社のパソコンを使ったんだから。それから被害届もやむを得ないとまで考えていますよ。わかりますよね、あなたは悪戯の範疇(はんちゅう)を超えて、個人への誹謗中傷だけでなく、会社のイメージダウンにつながるところまで踏み出してしまったんですよ。もう逃げられませんよ。どうしてこんなバカなことをしたのか理由を話してください」  男は平常心の表情で口を開いた。 「バカにしたのはあの女だろ。俺はね、地味で、なんの取り柄もなく、貯金しか趣味のない、ひとりぼっちの虚しい女に手を差し伸べてあげたんだ。哀れな女に慈悲を与えようとしたんだ。俺は崇高な愛の持ち主として、同情してあげたのに、それをあの女は、俺様の行為を袖にしただけでなく、この俺様を職場で無下にあしらったんだ。みんなが見ている前でだ。あんな女ごときが、この俺様をバカにしたんだぞ。許される事じゃないだろ。杉田も、うぬぼれやがって。自分だけが誰からも愛されていると思い上がってやがる。会長の姪と結婚して、逆玉の輿の身分でいい気なもんだ。楽して出世してんじゃねんよ。世の中をなめてやがるんだ。そんなやつにはお仕置きが必要なんだよ。だから俺は天罰を与えてやったんだ」
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