五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」35

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五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」35

 男はいたって冷静に淡々と話した。ドラマの演技のように目を見開いて異常な表情をするでもなく、声を荒立てるでもなく、常識論でも話しているように自分勝手な理屈で言い並べた。その平常心が余計に怖さを感じさせた。  私はとてつもなく腹が立ってきた。吐き気をもよおすほどの不快感だ。 「一体、あんたは何様のつもりなの」  ふっ、と男が笑って、言い返してきた。 「俺様は慈悲深(じひぶか)い人間なんだよ。惨めな人生を歩んでいる女に同情してあげたんだ。わかるだろ。女に同情して手を差し伸べる。男にとって最高のエクスタシーを感じないか。なあ、そう思うだろ」  憎々(にくにく)しげな態度で、自分本位の理屈を言い並べている。  彼に目を向けられた神崎さんが答えた。 「これっぽっちも情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)の余地もないやつだ。お前はどうしょうもないクズだよ。なにひとつ反省の弁もなく、根本的に人を見下している。差別心にとらわれた最低のゲス野郎だ。いいか、組織はお前を許さない。お前は罪を償わされるんだ。覚悟しておくんだな。お前とはこれ以上話をする意味がない。時間の無駄だ。吉野さん、もう行こう」  私たちがその場を離れようとしたとき、田畠がもうひとつの事実を告白した。 「おい、神崎、お前にも原因があるんだぜ。あの女の写メを撮ったのは俺じゃない。鍋島(なべしま)つぐみ、っていう女に覚えはないか。……ふん。その顔を見ればなにも覚えてないらしいな。つぐみはな、あるパーティーでお前と出会って、さんざんほめてその気にさせといて、あっさり捨てたそうだな。当時、大学出たての女にしてみれば、お前みたいな遊び人にかかったらいちころだろうよ。お前にバカにされたと恨んでいたぜ。身から出た(さび)だろ。自業自得だよ。女と遊びまくっている男が偉そうに言うな」  田畠はまるで正論でも述べているような言い方をした。 「なにも知らないのはあなたの方でしょ。くそ男」  私は怒りを投げつけて、神崎さんの手首をつかんで、出口へ急いだ。
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