五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」36

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五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」36

 外に出て、神崎さんが怒りを声にして叫んだ。 「あのくそやろう。ふざけんじゃねぇ。馬鹿野郎!」  私はあまりの大声に驚いて、立ちすくんだ。周りを歩いていた人も神崎さんに振り返るほどだ。 「くそう、殴り飛ばしてやりてぇ。法律が恨めしい」  がまんしてたんだ。あの場では冷静に見えてた神崎さんが怒り心頭になっていたんだ。もしも怒りにまかせて相手を殴って怪我でもさせたなら、傷害事件になってた。神崎さんは必死で怒りを抑え込んだ。よくがまんできたと思う。あの言い分には誰しも不快を覚え、怒りが爆発するだろう。その怒りを耐えた神崎さんは冷静で大人だと思った。  私たちは彼女の部屋へ行くことにした。私がメールで彼女に知らせることになった。  大丈夫ですから、気を遣わないでください。と返事がきた。このまま二人で行って、驚かそうということになった。  彼女のところへ行く間、私はふと考えていた。  田畠の事だ。彼は不満や愚痴のような感じで持論を述べていた。  私はあのとき怒りを感じた。  もし、動画でも撮って、音を出さずに観れば、ごく普通に話をしている画像が流れているように観えるだろう。何度も思うけど、テレビや映画では、異常者が目をむきだし、奇妙な笑い声をあげたりするシーンをよく見かける。誰が観ても、異常な表情をしている風に映っている。それが映像で伝える演技というものだろう。  でも、田畠の表情は不満口調で話していたものの、表情だけで判断をすれば、自然な顔つきで話をしていた。考え方本来が異常な感覚なのに、表情に異常さを感じない。平常心で異常な持論を述べる。話す内容と表情のギャップに、異様な不快感が伝わってきた。不気味とも言える。今になって、怒りより恐怖が増してきた。田畠のことなど、もう忘れよう。考えると気持ちが悪くなるだけだと思った。  彼女の部屋の前まで来た。部屋には明かりが点いていなかった。留守のようだ。メールをしても返信はなかった。  しばらくの間、二人で待ち続けたが、なんの連絡もなかった。  私たちは彼女と会って話すことをあきらめて帰ることにした。
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