五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」40

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五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」40

 美智子さんがにっこりして相手に伝えた。 「ありがとうね。あんたは良い人だ。感謝するよ」  美智子さんが電話を切って、携帯電話を私に手渡した。  私と神崎さんの二人で彼女を迎えに行くことにした。  美智子さんは高齢だから家で待っているという。 「あの子に会ったら言っとくれ、あんたの帰ってくる場所はここだからと」  美智子さんの伝言を胸にした。次に、杉田さんと椎名先生に報告を入れた。  私たちは早朝から登別の旅館へ向かった。  旅館に着いて、宿泊できるか確認をすると、大丈夫ということで、受付を済ませた。  彼女の名前を言って、ここに宿泊をしていると聞いて、今日、合流できればと思って来たのですが、彼女について訊ねると、夕食まで観光を楽しむと言って旅館を出たらしい。私たちは部屋が入れるようになるまでロビーで時間をつぶした。一時間後に意外な人物が現れた。なんと椎名先生が到着したのだ。彼女のことについて訊ねられたが、まだ会えていないことを伝えた。 「でも、どうして椎名先生がここに」 「急に来てみたくなりまして、あのあと思い切って、予約を入れました。もし、彼女と会えなければ、観光をするのもいいかと思いまして。楽しさは半減以下ですけどね。行き当たりばったり、一か八か、のようなものです。年寄りの気まぐれと思ってください。先に受付をすませます」  そう言った椎名先生が受付から私を呼び寄せた。 「今日は、二人で泊まりましょう」と部屋を変更してもらった。  その方が心強い。不安な気も紛れる。私と椎名先生が荷物を部屋に運んだ。  そのあと、ロビーに戻り、神崎さんと交代した。  神崎さんが荷物を運んでいる間、私と椎名先生がロビーのイスに座り、彼女が戻ってくるのを待った。  十分後に神崎さんが現れた。  彼女はまだ戻ってこない。このもやもやした気持ちはなんだろう。とても重くて疲れる時間だ。身体に負担がかかる。 「子を待つ親の気持ちって、こんな感じでしょうか」  椎名先生が急にぽつりともらした。そうかもしれないと思った。冷静になって、彼女の気持ちを考えた。中学のときから、孤独に耐え、今までひとりで生きてきたと言っても過言ではない。彼女はひとりであることの寂しさを乗り越えて今日まで生きてきた。精神的にタフで、強い人間なんだと思い込んでいた。  しかし、今度ばかりは彼女の気持ちが折れた。会社まで辞めてしまうなんて、彼女は今までの生きる道筋を自ら捨てた。   彼女は初めて焦がれる恋心も捨てようとしているのだろうか。
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