五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」42

1/1
前へ
/185ページ
次へ

五 「人と人とがふれあえば、情ってもんが生まれるんだよ」42

 五時過ぎ、見覚えのあるワンピースを着た女性が、入り口に向かってくるのが見えた。  私はとっさに立ち上がり、外へ飛び出した。彼女は私を見て立ち止まった。一瞬、息をのんだ。私は走って彼女に近づいた。うしろから追いかけてくる足音も聞こえた。私は彼女の前に立ち、止めていた声を一気に吐き出した。 「みんなに心配させて、なに考えてんのよ、このバカ女。一人でこんなとこまで来て、あんたはなにしてんのよ。孤独を気取ってんじゃないわよ。私たちに迷惑をかけるって、誰が言ったのよ。いつあんたを迷惑だなんて言ったのよ。自分勝手に他人の気持ちを決めるんじゃないわよ。あんたが急にいなくなって、みんなほんとに心配したんだからね。みんな悲しんだんだからね。あんたが私たちを捨てようとしたのよ。本気で私たちを捨てる気なの」  不安と心配な気持ちを隠しきれないで、口やかましく叱っている声がついつい大きくなってとんがってしまう。私は吐き出してしまったあらゆる感情を自分で止められなくなっていた。興奮に興奮している。怒りに対して怒っている。感情に感情が重なって倍増していくような感覚だ。  椎名先生と神崎さんが私の肩を押さえて、 「まあまあ、落ち着いて。無事に見つかったんだから。安心したわ。ほっとしたわよ。よかった。よかった。ねぇ、こころちゃん」  と私に笑顔を向けた。  椎名先生の親しい呼び方は私の剣幕(けんまく)を止めるに充分たりるほど勢いを沈静化させた。椎名先生は涙を流していた。  私の張り詰めた緊張の感情が次第に緩まっていく。身体の力が抜けていく。私はぺしゃんと座り込んで、最後に言った。 「もう、心配かけないでよ」
/185ページ

最初のコメントを投稿しよう!

93人が本棚に入れています
本棚に追加