一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」21

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一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」21

 そこで彼女からひとつお願いをされた。  給料の支払いに関しては、現金で直接自分に手渡して欲しいと言う。学校で必要な物を先に買いたいと切実に頼まれた。できれば親御さんの了承の上で銀行振り込みにしたかったのだが、苦学生のように思えてね。それに彼女が、親に知られてしまえば全部巻き上げられると人聞きの悪いことを正直に話すものだから、ひでえ親だなと呆れはしたものの、まったくの作り話とも思えなかった。それで雇うことに決めたが、ひとつ条件を付けた。親御さんから苦情がくれば、その時点で辞めていただくからと。あの子はそれでも良いと言って、ほっとしたのか、初めて笑顔を見せたな。  その翌日から毎朝五年間、一度も休まずに働いてくれたよ。社長さんが真面目な働き者に感謝状でも与えるかのようにうれしそうに語った。 「一度もですか」と私が念押しで訊ねると、「そう一度も休まずに働いてくれた。新聞配達の後に、朝食を用意してあげたときもあったが、おいしそうに食べて喜んでいたよ。その笑顔を観ているとこっちまでうれしくなってきたくらいだ」  社長さんは笑いながら思い出話をする。 「その間、彼女に変わったことはなかったですか。実は、ぐれていた時期もあったと噂で聞いたのですが」と付け足して訊いた。 「そんな風には見えなかったな。それはなにかの間違いだろう」  社長さんが驚きながら言った。 「じゃあ単なる噂ですね」と私が訂正すると、「そういえば、高校二年か三年頃、彼女が泣きながら帰宅する姿を見たことがある」と思い出してくれた。 「なにかあったのでしょうか」と質問をすれば、「わからないな。翌朝にはいつものように来て、ちゃんと仕事をしていたので、たいしたことではなかったと安心したがね。卒業する年の年末の頃には目に隈を作っていた日もあったから少し心配した時期もあったな」と話してくれた。  そのあと、社長さんは彼女をほめちぎった。  真面目なうえに、根性があって、我慢強く生きている子だ。遊びたい盛りに文句一つ言わずにアルバイトをして思春期を過ごしたんだから。今時、珍しい子だね。うちの娘にほしいくらいだと社長さんが強い口調で言った。  最後に、数軒先の中田みどりさんは中学、高校の同級生だと教えてくれた。
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