一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」23

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一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」23

 私は保健室の椎名(しいな)美枝子(みえこ)先生と会いたいので、学校に行けば会えますかと訊ねた。  椎名先生は二年前に退職されたらしい。学校へ行って調べるしかないと思った矢先に、よく保健室でたむろしていた男子の中に、退職間近に椎名先生を居酒屋に呼んで送別会をしたことを思い出してくれた。 「連絡は取れますか」とダメ元で訊いてみた。  田中さんがスマホで誰かに連絡を取って調べてくれた。  私は椎名先生の連絡先を訊いて、電話をかけることにした。  最後に彼女とは関係がないかもしれないが、高校生活は楽しかったですかと訊ねた。  もう一度戻りたいくらい。あの頃は自由で楽しかったなあ。と二人から懐かしむ感想が戻ってきた。  彼女たちと同じ年頃に、同じ校舎で、同じ時間を、彼女も過ごしていたはずなのに、彼女は同級生たちの記憶に残されていない不遇な思春期を生きてきた。私は暗い気持ちを抱えたまま彼女たちとわかれた。  私は一度駅まで戻り、そこから椎名先生に電話をかけた。  椎名先生の住んでいる場所は隣町の駅だ。一駅で行くことができる。  もうすぐ故郷で一番彼女のことを知る人と会えるかもしれない。彼女の閉ざした心を紐解(ひもと)いた人と会えるかもしれない。胸が高鳴るような、怖さで怯えているような、どちらとも取れない複雑な心境がめまぐるしく交差する。  待ち合わせの駅に着くと、ひとりの女性が改札口の前で立っていた。  私が確認の意味で名前を呼んで訊ねると、そうですと静かにうなずいてくれた。  どこか喫茶店でもと私が提案をすれば、椎名先生は話が長そうですから、私の家なら駅から近いので、家に来ませんかと誘ってくれた。私は喜んでと返事をして椎名先生の横に並んで歩いた。家までの途中でお茶菓子を買った。
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