一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」24

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一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」24

 椎名先生の家にあがって、二人で腰を下ろした。  椎名先生は先ほどとは打って変わって、私と対峙(たいじ)するような顔つきをして、第一声に私の意思と覚悟を確認する問いかけをぶつけてきた。 「彼女に関することで、どんなことを聞いても、彼女を避けず、彼女を嫌わず、彼女を捨てず、これから友人として、今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか。それをわたくしと約束できますか。もしそれだけの気構えもなく、興味本位だけで他人の人生をかぎ回っているのなら、今すぐにこの場から立ち去ってください。あなたに話すことはなにひとつありませんので」 「正直に話しますが、私は、彼女と話をしている最中に彼女の家から追い出されたことがあります。でも、『あなたは私のことなどなにひとつ理解などできていない。そんなあなたとこれ以上、話をする気はない』と彼女から言われました。私は彼女にまったく遮断(しゃだん)されたのではないと受け取っています。ですから私は彼女のことを知った上で、少しでも理解した上で、もう一度彼女と話がしたいと考えました。それにわずかな時間ですが、彼女と話をして、とても頭の良い人だとも感じました。社内で噂になっている人物像が彼女の真の姿だとはとても思えないのです。ですから、彼女のことを知ることができれば、社内での誤解も解けるのではないかと思っています」 「まだ、あなたはおごった気持ちを取り除けていませんね」 「いえ、私はおごったつもりはありません。言葉足らずなところは謝ります」 「そうではありません。一度ついた人のイメージは、ひとつの誤解が解けたところでころっと変わるものではありません。性格や意思と一緒で、人っていうのはあなたが思っているほど簡単に変わらないものだと申し上げているのです」 「性格や意思と一緒とは?」 「どちらも頑固者(がんこもの)だと言うことです。物事の考え方や好き嫌いは、その人の生き方に起因(きいん)します。生きてきた過程で(つちか)われるものです。結論として、他人の認識が、ひとつやふたつの誤解が解けたところで、彼女に対する偏見(へんけん)は変わらないということです。歳を取れば取るほど人の性格は変わることなどありませんから」 「でも、誤解が解けないよりは解けた方が良いと思います。少なくとも負の要因とか他人がつけいる隙を減らすことができます」 「そうですね。他人に対してあなたが期待する成果や効果はその程度にしかならないと考えた方が良いですね。要はあなた自身の心がぶれないでいられるかどうかです。人を信じるというのは口で言うほど簡単ではありません。勇気と忍耐と信念が必要ですからね」 「彼女の悪い噂を聞いたとしても、彼女を受け止めたいという気持ちの整理はついていますので、私は大丈夫です」 「そうですか。しかしながらわたくしは彼女のことをすべて知っているわけではありませんので、その点もご理解ください。本心は本人から直接聞かなければ推測や想像ではわからないことですから」  椎名先生は前置きをして話を始めた。
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