一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」25

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一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」25

 椎名先生の記憶では、彼女は高校一年生から頻繁(ひんぱん)に保健室に来たという。  椎名先生は一人語りのように話し始めた。  性格的には人見知りをする子でした。他人と話ができるまで時間がかかるタイプですね。自己主張が苦手で、顔色も悪く、クラスに馴染(なじ)めず、友達もなく、いわゆる浮いた存在でした。ですが、いじめにあっていたわけではありません。誰も相手にしていなかったというのが正しい見方です。教室で勉強をしようが、保健室で勉強をしようが、クラスメイトにとってはなにひとつかわらない状態です。居ても居なくても誰も気づかない存在ということです。よく引きこもりにならなかったものだと思いましたが、そもそも彼女には引きこもる場所なんて、保健室以外にはどこにもありませんから、引きこもりたくても引きこもれない環境にいたのです。  彼女が保健室に顔を出せば、ベッドに行かせて、しばらく仮眠を取らせました。それで若干顔色も良くなります。次は折りたたみ式の小さなテーブルを用意します。彼女はそこで勉強を始めるのです。わたくしはなにも聞かず、彼女を受け入れることだけに専念しました。しばらくはそんな状況が続きました。次第に私になれてくると、やっと彼女からあいさつをしてくれるようになりました。一歩前進です。  ある日、パン類の詰め合わせを安く売っていたので、それを買って、彼女が来たときに、沢山買い過ぎちゃったから一緒に食べないと誘ってみれば、こくりとうなずいてくれました。彼女は二種類のパンをおいしそうに食べていました。彼女が食べ終えると、ごちそうさまでした。ありがとうございます。と笑顔でお礼を言ってくれました。  初めて彼女の感情が顔に出たと私は胸の内で喜びました。  彼女はテストも保健室で受けていました。結果は中間くらいでしたね。  飛び抜けてできている教科もなければ、赤点を取るような教科もない。塾に通わず独学で、どうにかクラスの子達についていけてる。平均点より少し下回っているという結果でした。と当時の担任から聞いたことがあります。  苦手な教科を強いてあげれば、英語ですね。教科書だけで学んでいましたから、発音がどうしても苦手なようでした。ユニークだけど、発音をカタカナで書いて覚えていました  半年もすれば、私たちは互いに声を掛け合うようになりました。
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