一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」28

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一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」28

 先ほど申し上げましたように、アルバイトをして彼女の手の残るのは一万五千円から二万円くらいです。毎月、工面して残ったお金を彼女は貯めていたのです。でも、家に持ち帰って見つかれば、母親に奪われてしまいます。預金通帳も作れません。彼女は学校のロッカーにお金を隠して貯めていたのです。それがある日、朝来て荷物をロッカーに置こうとしたとき、貯めていたお金の袋がなくなっていたのです。どこを探しても見つからなかったそうです。わたくしが担任の先生に言って探してもらおうと助言したのですが、彼女が顔を横に振りました。理由を訊ねてみると、学校で問題になれば、必ず親に報告される。母親にまだお金があると知られてしまえば、次からアルバイト料をすべて奪われてしまうから、それはできないと言って彼女は唇をかみました。確かに、あの母親ならやりかねないと想像はつきます。今回は泣き寝入りをするしかなかったのです。しかし、このままではまた繰り返されて盗まれる危険もあります。そこでわたくしが彼女の預金通帳を作ってお金を預かるのはどうでしょうかと彼女に提案をしました。彼女は預金通帳を作れば銀行から残高通知が送付され、すぐに見つかってしまうと残念そうに言ってました。わたしたちは頭を抱えました。  さてどうしたものか。安全で確かなもの。とわたくしが言って考えていたとき、彼女から提案というよりも、あるお願い事をされました。  安全で確かなもの。椎名先生、申し訳ないのですが、椎名先生の名前で預金通帳を作って預かってもらえないか。と我ながらベストな解答が(ひらめ)いたように彼女が目を輝かせてお願いをするのです。  そんな他人のお金を預かるなんて、わたくしが戸惑っていると、安全で確かな人、を考えれば椎名先生しかいません。と初めて人を信じ切ったような目で懇願(こんがん)されました。  わたくしは冗談交じりで、もしわたくしが持ち逃げしたならどうしますか、と彼女に問いました。彼女は、今の私にとって、安全で確かな人は椎名先生以上の人は他にいません。そうなればそうなったで、そのときのことです。ときっぱりと言うのです。  わたしくが最後の(とりで)。人を信じられる最後の人だからと言っているようでした。  他人に信じてもらえる。これ以上、人として(ほま)れなことはありません。  その日から毎月、彼女は少しずつ貯金を始めました。
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