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一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」3
続けて、会長は、杉田さんの異動先でまたトラブルが起きたらしいと説明を加えた。
杉田さんの性格や仕事の取り組み姿勢から推測をすれば、繰り返しトラブルを起こすような人間ではないらしい。
しばらくの間、会長が杉田さんの人間性について語った。
課長は、いち社員のことで、会長がそこまで気にかけることに疑問を持っていた。
さらに、会長と杉田さんの関係を聞いて、なおさら疑問がわいた。
杉田さんは会長の姪と結婚をしていた。付け加えて、最近、杉田さんと姪は離婚したのだという。
本来ならば、身内の離婚相手となれば、気を遣うどころか、憎んでもいい存在だ。どうしてそんな男を気かけるのか、理解に苦しむところだ。
ほんの少し杉田さんの味方ができるとしたなら、「身内びいきで弁護をしたとしても、姪もわがままな女だからな」と会長が苦笑いでもらしたことだ。
いずれにしても、私的なことかもしれないが、会社として、組織として、気にかかるから調査をしてほしい。と私たちにおはちが回ってきた。呼び出された私たちは拒否することもできず、会長から二人の名前を書き込んだメモを手渡された。会長の行為は一方的だが、私たちの了承を意味することになる。
会長の部屋をあとにして、課長が廊下を歩きながらため息をついた。
やっぱり、無理、無理、無理。
私に探偵の真似事なんてできるわけがない。
絶対、無理ですぅ。
ここはどうにか断ってもらおう。
「課長、やはり、私には無理です」
課長が顔だけを私に向けて、第三者に聞こえないような声で言った。
「今更なにを言い出すんだ。会長に頼まれて断れる社員がいるわけ無いだろ。吉野さん、申し訳ないが、今の仕事を軽減するから、二人の調査をしてくれ」
課長に呼び出されたからには押しつけられたと想像がつくけれど、でも、それでも、逃げたい。
「課長、今日、会長室に呼び出されたのは、あの、どうして私なんですか」
「会長から呼び出し電話があったとき、口の堅い職員を一人連れてきてくれ。と言われたからね」
「でも、私、二人のことは、なにも知りませんので、どうしていいのか」
「経歴的なことは私が資料を入手するから、それなりに形を整えて報告書を作成してほしい」
「私に探偵みたいなことはとても無理ですよ」
「何度も言わなくても吉野さんの気持ちはわかるが、なにしろ会長直々の依頼事だからね。今更断れないだろ。たとえばだが、人材育成の企画書を作成するつもりで取り組んでくれればいい。とにかくできない理由を考えないで、出来ることを考えてくれ。ただし、依頼主のことは誰にも知られないように、くれぐれも慎重に進めてくれたまえ」
今度は課長が有無を言わさない感じで説得してくる。
いえ、押しつけてくる。
業務命令として。
私は仕方なくうなずくしかできない。
顔で引きつって、心で泣いて。
ん? 一緒か。笑ってじゃないものね。
こんなときに私はなにを考えてんのよ。
はぁ、重いため息を漏らした。
さて、どうしたものか。一体なにから始めればいいのか見当もつかない。
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