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二 「愛しているかと訊かれると」4
杉田さんの身になにかよからぬことが起きている話を聞いて、彼女は一瞬目を閉じた。
杉田さんの話題になり、彼女が気分を害して、またこの部屋から追い返されるのかもしれない。私は固唾を呑み込む緊張にとらわれた。
彼女は意を決したように顔を上げ、背筋を伸ばした。
彼女の言葉は、杉田さんのことではなく、私の意思を確認するような質問でした。
「あなたは最後まで続けるおつもりですか」
私は虚を衝かれて、なにをですか。と使命を忘れてトンチンカンな聞き返しをした。
「なにをって、私たちのことを、もう終わったことを、いまさらほじくり返すようなことをです」
彼女は勘の鈍い私に苛立ちを感じたようだ。私は謝りを入れて、
「時間をかけても、当時を知る誰かを探して、真意と確信をつかみたいと思っています」
と確固たる意志を伝えた。
「プライベートの侵害だと訴えられてもですか」
彼女が再度念を押すように私の決意を確認する。私はうなずいた。彼女は一息吐いて、肩の力を緩めた。
「先日、椎名先生から電話がありました。家族やご近所の方やアルバイト先や同級生にまで私のことを聞いたそうですね」
「申し訳ありませんが、そのとおりです。あなたのことを知りたくて、故郷の方々からお話を聞かせていただきました」
「やめるつもりはないのですね」
彼女の攻撃的な声を聞いて、私は一瞬身構えた。はいと声には出せずにうなずいた。
「そうですか」と声をこぼし、彼女が腰を上げて台所へ向かった。座を離れる彼女の体に、糸でも引かれるように私の体が前のめりに傾いた。彼女を見定めると、引き出しに手が伸びている。
えっ、なに、ひっ、包丁でも取りに行ったの。私の身体に緊張が走った。片膝を立て、玄関に半身を向けた姿勢になる。
私、意地を張りすぎたの。彼女を本気で怒らせてしまったの。取り返しのつかないところまで追い詰めたの。
ごめんなさい。許して。
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